書類の片付け、自分の気持ちと向き合う暮らしの見直し第4期-18

打ち切り世帯の終活

お出かけ自粛が続いているのでちょうどいい機会です。残していた仕事の書類を抜いたグリコール・グリコです。

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厳選して残しておいた仕事の書類

仕事を辞めた時、自分が体系化したものだけ厳選して残して置きました。

人生の中ですごく勉強した時期と胸を張って言えるのは仕事をしていたそれも後半戦でした。(どんだけ勉強してないんだか、、)。

仕事を辞めて数年は、もしかして使うかも、、という想いもありました。。。

しかし時間が経った今、同じ仕事につくかと言えば100%『NO』です。

じゃぁ、何で残しておいたのでしょう???

自分が居なくなった時に頑張っていた自分を家族に見せたかった

よくよく考えてみると『自分の足跡』を家族(特に娘チョコ)に発見してもらいたかったんだな、と分かりました。

頑張ってた自分を書類の中から見つけて!そして褒めて!

なんせ家庭に入ってからも料理下手で「母の味」など継承すべきものもないし、「これがグリコ!」と伝えるものがないからです。

でも、書類を残されても分野も違い、継承すべきものはほぼ無し。(人生ってそんなもん)

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書類、片付けるとなると案外労力がかかった

処分にあたり書類をめくると、よくまぁこんなに資料を作っていたなぁ、、と感心します。

そしてあらためて

ちっちゃな脳みそフル回転じゃん!

と初めて自分を褒めました。

自分で自分を認めればいいんですよね。

自分が自分のやっていたことを十分堪能し、『このエッセンスが自分を体現するもの!』と言う数枚を残して(往生際が悪い、、汗)処分に入りました。

やってみて、こんまりさんが「書類はほぼ必要なし!」と言う通り、書類は遺された者にとっては労力だけ使う厄介者だと分かりました。。。

実際ファイルを整理すると、束ねて古紙として出せるものとそうでないものの分別に時間がかかりましたぜ。(滝汗)

分ける、シュレッターする、縛る、ファイルを分解する、、、それだけで2時間半。シュレッターは20ℓのビニール袋一杯になりました。

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故人を思い出す事は遺された者に委ねる、、

この作業をして『自称頑張っていた自分の証拠』を残す事はかえって傲慢な行為だな、、と思えるようになりました。

私が居なくなってからどう思い出すかは遺された側に権限があるのに、、

書類の山を残されてもただの迷惑行為

ですよね。

これはお片づけ番組をいろいろ見て学んだ事です。

自分の気持ちにケリをつけられて良かった。

今日は途中でシュレッターが休憩タイムに入ってしまったので書類のお片付けは2/3進んだところで終わりましたが、残り1/3もオリを見て進めていきたいです。

今日片付けたのは

認めてもらいたかった自分の気持ち

でした。

モノとの関係性を通して自分のこころと向き合えました。

そして書類が締めていた場所が、半分空き本棚を更に入れ替え。

私も又次のステージの自分と出会えそうな、そんな春の休日でした。

今を思い切り生きたいので、あえて今から終活進めています!↓

終わりが見えてくると等身大の自分が炙り出される。。。

コロナでガタガタしている今だからこそ、自分の気持ちを整理して過去の執着するのではなく、今何をしたいか、どう生きたいかにフォーカスしていきたいです。

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