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暮らしの循環で掃除以外に心掛けている3つのこととは?

私の暮らしのベースにあるもの、それは”循環”です。暮らしに関わる全てのことが滞らないようにそれだけは意識しているグリコール・グリコです。今日の話は、科学的根拠や統計の分析に基づいて立証されるものではありません。自分の体験を紐解くと、こういう事かな、というお話です。

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目次

掃除以外で循環を意識する3つのことは?

モノ・お金・気持ちにフォーカスして考えるとこの3つです。↓

溜めない・惜しがらない・必要以上に欲をかかない

溜めない

モノを溜めない。

執着と停滞イラスト

ミニマム志向の方、シンプル志向の方は”言われなくても分かっている!”と一過言あるとは思いますが、やはり言いたい。

モノを溜めない。

いつでも、何回でも見直して『モノが停止状態になっていないか』チェック。

大切だと思っていたモノも気持ちが変化していくので、そのチャンスを逃さない。

そうすると次第に『今の状態』にピントが合い『今必要なモノ』だけで良い気持ちになります。

わたくしごとですが、例えば実母が所有していた骨董類。

当初は「大切だ」「自分にとってプチお宝」と思っていました。

しかし「今の自分」にピントを当てると、飾る場所もセンスもない自分がわかり、スルッと手放す事が出来ました。

骨董が占めていた場所が空いた方が、私にとっては重要だったのです。

お金を溜めない

『貯金の貯める』と『お金を溜める』、似ているようでちょっと違うと個人的に感じています。

私にとって『貯金』は先の暮らしの冷凍食品のようなもの。

”賞味期限がきたら使う”ということが前提です。

お金は、使わなきゃ意味ないっすよ。(やたら無駄買いは推奨しませんけど)

一方『お金を溜める』は、闇雲に持っていたい、あればあるだけ良い、ブラックホールのようなもの。

出口がないんですよね。

出口がないお金は強制的に出て行こうとする力が働きます。ふっしぎ。

上手い話に乗って一時的に儲かったとしてもあっという間になくなってしまうことが多いです。

お金の強制代執行とはさらに増やそうとする「強欲」がトリガーです。

(必要以上に欲をかかないに関連します。)

気持ちを溜めない

いつまでも過去に縛られてモヤモヤしたり、思ったことが言えないで引きずったりする事は誰でもあると思います。

スパッと切り替えられないからこそ、モヤモヤのジレンマに陥ります。

自分の思考の癖を手放してマイナスのループから抜け出す。

ここら辺は『セドナメソッド』を使って自分を組み立て直せると思います。

一つの考えに囚われすぎると身動きが取れなくなるので膠着する前にこころをリセット。

保留案件を少なくする

立ち止まって思案することは大切ですが、『保留』にして懸案事項を棚上げにしっぱなしにすることは極力避ける。

『保留』案件が多くなると全てが先延ばしになって前に進めなくなる。

解決できるように、今出来ることはなにか具体的な短期目標、ゴールに向かっての長期目標を立てて一つ一つクリアにしていく。

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惜しがらない

例えば、たくさんのリンゴを所有していたとして「全部必要!」と、抱え込んでいても自分が消費するリンゴの数はタカが知れている。

執着して腐らせるりんご

にも関わらず執着して持ち続けていたら、食べられないリンゴは腐っていくだけ。

モノ・事柄・お金も同じ。自分の所有できる丁度良い量と時間があることを知る。

自分にとって余剰になっているにもかかわらずモノやお金に執着している時は自分の守りが堅くなる。

守りが堅くなりすぎる(執着している)と流れが滞って全てが停滞する。

それが少しずつ澱のように溜まっていくと気持ちもくすぶって良く無いパターンで堂々巡り。

そして全体的に身動きが取れなくなっていきます。

私の実家を売却するまでは色々葛藤もありましたが、親の家を守る、と、しがみついていたら今年の冬も古い家でクソ寒い思いをしていたに違いありません。

ご近所もあまり素敵とは言えない人々だったので気持ちよく過ごせなかったでしょう。

今は親の家を手放し、新しい場所で平成の設備環境が整ったそこそこの大きさの家で快適に過ごさせて頂いています。

惜しまず手放した決断は良い流れを生んだと自覚しています。

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必要以上に欲をかかない

大抵のことはお金で解決できます。多分。

お金は大切です。

沢山お金があると良い、と思います。

私もお金大好きです。

時代は移り変わり、終身雇用が崩壊、副業を推奨される不安定な時代になりました。

金利も低いし、老後2000万問題もありみんなうっすらお金の不安を抱えていると思います。

○レンジ共済、覚えているでしょうか?お年寄りや主婦が利回りがいいと預けてパァになったアレです。似たようなものは他にもありますね。

表で成功している人は裏で他の人の何百倍も努力を重ねているし、気づきのセンサーも鋭くなっています。

そこに着目せず安易にお金が欲しいと必要以上に欲を出す・楽をして儲けようとすると大抵失敗します。

不安要素が多い時代ではありますが儲けたい一心でうまい話に飛びつくのは短慮だな、と思います。

また、自分の器の容量以上に欲を出してお金を溜めようとすると出口がないので、出口を求めてお金が出て行ってしまう傾向があるように感じます。。。

自分の適量を超えた過度の溜め込み・欲はやはり決壊していくと思っています。

まさに強制代執行。

では、どうすれば良いのでしょう?

循環させるときのコツは出すときに他の人が喜ぶ方向に出す

”自分の幸せのためにお金を追い求めるのが、自分の求めている幸せなのか?”と自分に問うとちょっと違う気がしています。

(あくまでも私の個人的な考え方です。)

モノ・事柄・お金を他の人が喜ぶ方向に使う、これが循環にプラスさせるエッセンスだと思っています。

自分の適量を見極めて他に分配

大富豪と言われる人たちはその器に見合った分をちゃんと世の中に分配しています。

例えば、マイクロソフトのビル・ゲイツ。

資産は964億ドル、寄付金は14億ドル以上。他の富豪にも”財産の半分かそれ以上を寄付しよう”と呼びかけて、富豪の寄付が活発化したそうです。

ウハウハ儲けているばかりではなく、寄付やチャリティーを忘れません。

流れを自分で留めず、出口を作っているからこそ、又自分に価値があるもの(お金だったり情報だったり労働力など)が戻ってきます。

実はこの流れは大富豪も庶民も本当は変わらない流れなんじゃないかな?とこの頃感じます。

グリコ

違いは個人の器の体積、、かな?

うまく言えないけど。

出すと流れができるイラスト

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庶民的レベルで言ったら循環させやすい具体的な事柄は以下の感じでしょう。↓

モノ→お裾分け

お裾分けは余ったものを差し上げるのではなく、差し上げる時はその中の一番状態の良いものを差し上げる。

服など手放す時も、欲をかかずに無料で差し上げる&寄付。

私はメルカリとかもう卒業ですね。(てかやったことない&そもそも売れる服を持っていない、笑)

お金→寄付

お金はなかなか寄付できない〜という方は、カードのポイントを寄付に回すのは如何でしょう?

私はスマホデビューした時、○ポイントがワンサカ入ってこりゃたまらん〜♪とばかりにポイントを貯めることに囚われていました。

しかし逆に期間限定ポイントの期日が近づくと、それを使うためにまた買い物をする、、という無限ループにハマりそうになりました。(汗)

ポイントのために買い物をする、、経済を回すためには良いことだと思いますが、今の私にはあまりモノは要らないです。

今はある程度ポイントが貯まると『寄付』に回しています。元々手元にないモノですから惜しくありません。むしろそれが私に代わって少しでもどこかで何かの役に立つのならOKです。

気持ち→ボランティア、献血

ボランティアと言ってもできる事でいいと思います。

近所の道を掃く、ゴミが落ちていたら一個拾うなど。

健康なからだをお持ちなら献血もありです。

まず、小さな社会貢献が出来る自分が嬉しいです。(自己満足だけど)

わたしは自宅周辺をいつも空間を清めるつもりで掃き掃除をしています。

お陰様で「信用」といった目に見えないものを獲得しました。

これは長くその場所に住むにはかなり重要な要素です。

(狙っていたわけではないですが結果的に信用が後付けされました。)

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循環させると不思議と流れが出来てくる

こういった循環に上記のエッセンスを追加させると不思議な流れが出来てきます。

循環の妙のイラスト

出すと必ず『何か』が入ってきます。これは経験上なのでそのカラクリはわかりません。

その『何か』は人によって違うのですが、その時自分が欲しかった情報、思いもしない方向からのお裾分け、お誘い。など。

グリコ

ただし、『自分に見合った量』です。

ここを見誤ると、自分の強欲の方が勝って失敗します。

じゃぁ、自分に見合った量を増やせば良いじゃん!と思いますよね。

どうすれば自分の器の体積が増えるか、、

やっぱり自分ファーストの強欲をちょっと静かにさせて社会に還元する実践を地味に積むと良いのかな、と思います。

庶民は庶民なりの善意でこころを豊かにさせることが一番なのではないかと。

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自分の適量を知り、全てを循環させていく

先が読めない時代ですが、あまりガツガツせず暮らしを循環させて生きていけば、そんなに悲観や不安を抱かなくても良いのではないかな、と思っています。

グリコ

ほどほど暮らしを目指します。

屋根があって、日に干したお布団で寝られて、ご飯が食べられればOK

一回大きな転換をしたので、もちろんこれからも状況に応じて住まいも柔軟に替えることにも全く抵抗はありません。

すごく個人的な経験、体験からの話で、賛同を得られるとは思いませんが、循環させることは生きて行く大きな流れには逆らっていないと思っています。。

小さなことですが社会にお役に立てたらと実践しています。

間接的ではありますがこれも↓

なんかキレイ事を並べたお話になりましたが、長く生きているとモノ・コトの流れが見えてくる年齢の妙。

死んだら何一つ持っていけないので、なんでも程よく循環させていく暮らしが出来れば上等だと感じています。

本日も以前の記事を統合しながら『循環』について書き直してみました。

今日も最後までお読みくださり、ありがとうございました。

さ、参加してたりします。。

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コメント

コメント一覧 (2件)

  • グリコさん
    こんばんは。自分の器の話、今年は私は痛感しました。5年くらい前に購入した憧れていた作家の絵を今年手放しました。まさに分不相応だったと思います。その作家の本が好きでした。これがのちに振り返るとポイントで、絵ではなく言葉が好きなのです。購入後、すぐに自分はこの絵は好きではないと気が付きました。この人のように強くなりたいとずっと思ってました。しかし50代も半ばを迎え、私も結構ぶれない人間だと自覚するに至り(頑固とも言いますが。汗。)、この絵を売却したいと画廊に持ちかけた時、それはひどい対応を受けました。まさか怒鳴られるとは思いませんでした。速攻で寄付とかネットでの売却を調べ、言葉がきちんとしていて一番対応の良かったところにお願いして引き取ってもらいました。ついでに父が持っていた絵も売却しました。好きではありましたが、大きさを考えるとマンションに飾るのは不可能でした。私の記憶に残ってるからいいと思いました。売却が終わって肩の荷が下りてホッとしました。30代の頃偶然通りがかりのギャラリーで見た、当時無名の作家さんの3万円で買った絵だけ残しました。有名無名にかかわらず、自分が好きと言うものに勝るものはないと絵を見ながら思います。
    本当に高い勉強代でした。ここで自分の器と言うか適量、快適さみたいなものをとことん考えさせられました。これからの人生に役に立つと信じて自分を慰めています(笑)。

    • こんにちは、もず様。
      怒鳴る画廊って、、、。
      暮らしの容量との比較でお父様のコレクションの絵を手放したことも素晴らしいと思います。
      お茶を始められて、これからお道具の沼がやってきますが(汗)、道具の『格』を揃える場面も出てくるかと。
      もず様は暮らしの改変をする中できっと審美眼も養われて来たと思います。
      その審美眼は手放すことなく、維持していって下さいね。
      勉強代を払わないとわからないこともありますよ。(払ってもわたしはわからない時間が長かった、、滝汗)
      良いものに触れることは大切かと。
      それに見合う自分を磨くことも。
      背伸びも時に生きる張りになったりして。
      まぁ、むつかしいところですけど、お互い自分をいい方向に育てていかれると良いですよね。
      その結果ご飯と味噌汁が超絶旨い!という道に到達したらもず様は利休はんになっていると思っています♡
      素敵♡

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