モノを減らしているのには訳がある 人生出直しの節目が還暦だから

こころ

アラ還です。自分自身の節目が近づいている、これからの時間を大切にしたい、そんな思いにますます駆られている近頃のグリコール・グリコです。

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還暦が迫ってくるけれど

アラ還オバハン、還暦が迫ってきます。自分が子供の頃の『還暦』のイメージは

還暦のイメージ

こんな感じでした。

実際は実親の結婚は40代と遅く、そこに生まれた子供だったので自分の親が60歳のころは『還暦』のイメージとはかなりかけ離れていました。

今、自分がアラ還になって体力がなくなり、からだがあちこちガタが出始めてくるとあの頃の親は本当は体力的にも気力的にも結構大変だったんだろうな、、と思います。

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還暦とはなんぞや?

還暦、還暦というけれど、実際はどういう意味なのか改めて調べてみました。

還暦

60年で十干十二支(じっかんじゅうにし)が一巡して〝もとの暦に還る〟こと(本卦還り‹ほんけがえり›)に由来。誕生年に60を加えた年、つまり数えで61歳。赤いちゃんちゃんこは赤子に戻り、もう一度生まれ変わって出直すという意味。長寿祝いの色は赤・朱。(いまてらすより引用)

ちょっと前にも「この世界の片隅に」の片渕須直監督のツイッターにもこんな表現がありました。

どうやら今朝の明け方頃に生まれ直したみたいです。
生まれ直したところなので、まだ仔鹿のように、立ち上がるのもおぼつかない感じなのですが、これからもよろしくお願いいたします。

8/10監督誕生日Twitterコメント

もう一度生まれ帰って出直す。。。

振り返ると私の人生中途半端でペラッペラ

振り返ると私の人生は気付きのベクトルの角度がおそろしく違っていて、なにをやるにも人の4倍かかってやっと人並みになる生き方でした。

そして中途半端で放り投げた事も多く、これは一生懸命取り組んだ、と自分に誇れるものがほぼないのです。

自己肯定感が低い、、のではなく実際ペラッペラの惰性の塊でここまで生きてきてしまいました。

そして気がつけばいつの間にか送られる方に片足を突っ込んでいる現状。(滝汗)

片付け、当初は視点が先の終活へ。今は視点が『今』に移りつつある

以前片付けは『おやかた』イベントがあったし、過去の残置物を取り除くことがメインでした。

その時は視点が先の方を向いていて『終活』に向けてひたすら自分の過去を削っていました。

自分亡き後残された者に過度の負担が行かないようその事だけを考えていた節があります。

「旅立ちセット」までたどり着いた時点で残すはエンディングノートのみとなりました。

ガラクタで占められていた自分のまわりの環境が整ってくると、私の小さい脳味噌の中にも余白ができはじめました。

そして還暦が近づき、やっと『今の環境をもっと快適にしたい』という前向きな気持ちも生まれました。

終わらせる事に執着していた気持ちが『今』に戻ってきた、そんな感じです。

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還暦が近づき『出直して生き直す』今をみつめたくなる

片渕監督のTwitterをみた時『生き直す』という言葉を見つけて本当に衝撃が走りました。

今まで私が取り組んできた片付けはどちらかというと不確定な未来への備え。

今は

『たとえ今日終わったとしてもそれはそれで満足でした』、といえる生き方をしたい。

不機嫌な日々にからめとられるより、気持ち良い環境を作り出して気持ちよく過ごしたい。

そのために片付けをしています。

還暦という節目からは『生き直す』チャンスが与えられているんだと思えました。

環境(空間)と自分の頭の中はフラクタル(自己相似)である、余白がなければ新しい考えや動きも作り出せない。

それ故、今の暮らしの見直し第4期は「出直して生き直す」ための片付けでもあると言っても良いと思います。

コメント

  1. もず より:

    グリコさん

    ブログ開設2周年なんですね。おめでとうございます!

    私も50を超えてやっと気が付くことばかりです。早く気が付いていたら人生違ったなー。
    私は子育てもしてないし、本当に中途半端に生きてきました。
    生きなおす、いい言葉ですね。

    グリコさんは残った人にに大変な思いはさせないという目標から、自分の人生にフォーカスされたんですね。

    グリコさんのブログを拝見しながらおやかたを済ませ、リフォームが終わり、気持ちが
    すっきりしました。(墓が残ってますけど。なるべく早く片付けます。)
    姜尚中さんが熊本地震の時、死を意識しながら避難所へ行く準備をしていた時
    「これで死んでもいいし、生きててもいい。」と思われたそうです。やけくそで死んでもいいと思うでもなく、何が何でも生きてやるでもなく。淡々と準備をして避難所へ向かわれたそうです。後で振り返ってこれが「無心」ということだと思うと書かれてました。コロナへの対応も無心しかないのではないかと結ばれてました。
    できるだけの注意はする。それでもかかった時は仕方ないと。(まあ、ある年齢だからですけど。これが小さい子供のいる人だったら無心にはなれないです。)

    4月くらいにこれを読んだとき、私もこんな心境だなと感じました。
    お出かけも「ここで感染しても、その時は仕方ないと諦められる。そして相手も私が感染させても、仕方ないと思っていただけると推測できる。」と思うところだけ
    にしています(笑)。生きなおしてるのかもしれません。

    • グリコール・グリコグリコール・グリコ より:

      もず様、こんにちは。ありがとうございます。これも読んでくれる方が居るからです。本当にどうもありがとう。
      私は本当に回路が繋がるのが遅くて、あ、あのことはこうすれば良かったのか?とか自分の偏った気持ちを今頃になって再確認したりしています。
      もず様も中途半端人生ですか?そうかな?(と、人のことはとっても素敵に見える私)
      本当にぱやっと物事の確信に最速で繋がる回路を手に入れたいです(笑)。
      『生き直す』ってすごい言葉だな、と思いました。
      還暦がチャンスという訳ではなく、思ったその瞬間から失敗の自分からやり直せばいいんですよね。
      そう思っていまからウォーミングアップのつもりで自分と向かい合うことにしました。
      姜尚中さんの話、ドンピシャの事例ですね。
      起こった事柄に心を乗せるのではなく、起こった事柄(又はやったこと・やること=行動)だけをみればいい。今はそんな心境です。
      ベストは尽くすけれど、それは自分がする行動にたいして。
      そこに”こんなにしたのに、してあげたのに”という後悔や期待の気持ちを乗せなければまぁそんなものだで終われそうな気がします。
      ベストを尽くして天命を待つ、というかそこには人生前向きな諦めの景色がまっているのではないかと。。
      うん、お互い自分のやれることをし、「生き直そう」V