ウチ、断捨離しました「母の束縛から逃げたい 一人娘 孤独な葛藤にサヨナラ」を観て 断捨離®は自分の生き方を見直すための『道』

日々の暮らし

久しぶりに録画しておいたBS朝日の”ウチ、断捨離しました!”を視聴しました。溜まっていた録画を消しながら目についたのが「一人娘」の文字。私自身そうだし、うちも一人娘なのでちょっと気になって視聴した感想です。

スポンサーリンク

四年間無人となった一軒家の実家は時が止まったまま

相談者さんは結婚して実家を離れた一人娘です。

片付けをするのは築38年の一軒家。

VTRが始まると人が住んでいるかのようですが、この実家は現在無人です。

お話ではお母様が亡くなり、さらにお父様が認知症になり施設入所。

お父様が施設入所時、丁度自分の出産のタイミングも重なりそこから時が止まったままの状態です。

相談者さんは実家を処分する、、のではなくもう一度娘を連れて実家に遊びに行きたいという願いがあるそうです。

時が止まったままの実家、観ていて辛い

テーブルの上もキッチンもお父様が入所前の状態でまさに無人アイドリング状態でした。

お母様のモノも全くそのまま。

心の整理がつくまでに8年かかったと言っていました。

着物が沢山あってこれは手がつけられないのも分かる気がします。

どれもお母様の面影がよぎるモノですよね。。

しかしこのままではいけないと決心したものの迷いがある、『誰かに支えてほしい』と思っていたとナレーションが語っていました。

この『誰かに支えてほしい』という気持ちも痛いほど分かります。

一緒に片付けてほしいのではなく、『自分の気持ちを支えてもらいながら前に進みたい』。

そうですよね、このような時が止まった実家の片付けって自分のこころをかなり削ぐものだとお察しします。

一人娘という点で自分と重なり、一人娘をもつ母親の目線からも”どうか娘を支えてください”という気持ちになります。

イントロ部分ではみていてかなり辛くなりました。

やましたひでこさんは言う 生活したまんまが残っていると言うのが凄く辛い 

人がいればすぐに動き出しそうな時が止まったキッチンの様子を見てやましたさん、

モノが全部打ち捨てられた感じで、場所は違うんだけど処分場。。

と、ぽそっとおっしゃっていました。

どうしたい?と改めて相談者さんの意向を聞き取り

あまりにも暮らしの痕跡が生前のままの状態なのでどうしたいか相談者さんに尋ねたやましたさん。

相談者さんは

一切合切処分したい。ここにはもう戻る気はない。

やましたさんは提案する3人が暮らしたその時まで時間を戻すように片付けていこう

認知症になったお父様はテーブルの上にモノを沢山置いていました。

やましたさんは迷いなく片付けが出来るよう、まずは家族3人が過ごした時間まで元に戻すところからスタートです。

沢山の文房具類の中から出て来たお母様の闘病日記が出て来て筆跡をみると、相談者さんはなみだを落とします。

それを見てやましたさんは

これを取って置きたいとお母さんが願うだろうか、感じてみて。お母さんの願いって何だろう?

と問いかけます。

相談者さんが『自分の気持ちを支えてほしい』といったのがまさにココ。

わたしももし実母がしたためた心情を吐露するモノが出て来たら絶対手が止まってしまいます。

そして間違えなく迷う。

こう言う場面に相談者のこころに伴走する適切な声掛けが必要になります。

やましたひでこさんの声掛けってそれが絶妙なんですよね。

亡くなった人にああしてあげれば良かった、こうしてあげられなかったというのはどんなにお世話をしても誰だって残るもの それはだれもがそう思うのが私たち。人が亡くなるってそうだよね。

うん。。。まさに。。。(シュン。。)

『私たち』と括るのが上手い。

ここでは指導者と教えを請う人ではなく、同じ人としてというポジション取りで距離が近くなりますよね。

多分無意識の使い分けだと思うのですが、やましたさんにグッとくる人は『私たち』の共感にグッとくるんだと思います。

スポンサーリンク

やましたひでこさんは言う お家を元の姿に戻してそれから相談者さんの舞台作りをしよう

いきなり過去を捨てるのではなく、まずは生前住んでいた家の姿に戻してから、、というのがまさに『恢復のプログラム』なんだな〜と感じました。

相談者さんのこころに沿ったお片付けです。

片付けをしながら相談者さんの気持ちが解けていくのはまるでグリーフワークの5つのプロセスを見ているよう

相談者さん、最初は母に全てコントロールされていたと否定から始まるのですが、死や嘆きの人の心理変化をエリザベス・キューブラー・ロスのキューブラー=ロスモデルに沿って見てみることにします。

1、否定や孤立

相談者さん、”自分の人生は全て母にコントロールされていた”、と今まであったことを恨むような発言でした。

2、怒り

同時に相談者さんからはそれに対する怒りのようなコメントも出ました。

「全部私の意思なしに母が決めていた」

悲しい・悔しい・自分の思い通りにならない

聞いていると毒親のようですが、その時は振り返ってそう感じたのでしょう。

わたしも育つ過程でそう感じた時もありました。

”亡くなってほっとした”

と言い切った言葉も初めて自分が『声に出してみた言葉』でもあり、そう思っていた自分を認める作業でもあったように思います。

3、抑うつ

相談者さんは8年も実家が手付かずだったのも、”全部母親が決めて来たから自分では判断するのが苦手”、と分析していました。

そうなのかもしれないし、そうじゃなかったかもしれないです。

なかなか片付けが進まない状態でしたがやましたさんのお弟子さんが参入してくれて糸口をみつけます。

山口トレーナーすごくいいことおっしゃっていました。

上手くいったら、お母さんすごい!になるし、失敗したらお母さんひどいになる、それって全部人のせいになっちゃうんですよ。自分で決めないと。自分で決めたら例えば間違っていても『ああそうか、じゃ次はどうしようか』って自分の頭で考えられる

これは要る、要らないと判断するお稽古だとおもって!

『お母さんが遺した判断のお稽古』、取り組みの視点を変えるって大切ですね!

ここから大量の着物の選別、『自分が着たい』と判断するスピードが上がりました。

ここでも『自分の気持ちを支えてほしい』という思いをチームやましたがサポートしていました。

ただの片付けスキルではないんですね。

わたしも夫シンジさんの気持ちを支えながらじいじの写真の宿題を、、シンジさんがクリアできるよう生暖かくサポート、、、したいです。(苦笑)

4、受容

あれほど自分の人生は全て母にコントロールされていた、と恨み節まで言っていた相談者さんでしたが、お母様が自分を撮ったビデオテープをパソコンに落として見直してみると

愛されてました、わたし。

と頬を赤らめながら微笑んで話をしていました。

また、ビデオカメラを買ったこと、(母親と)同じようなことをしてるな〜って噛み締めていました。

『家自体が『母』、それと卒業。』

と言う言葉が本当の自立の時を迎えたんだなと、観ていて『おめでとう♡』と声を掛けたくなりましたよ。

スポンサーリンク

断捨離®って片付けのスキルではなく自分の人生を恢復させるおおきな『道』なんだと思う

自分の人生を取り戻す大きな『道』。それが『断捨離®』なんだなと思います。

『断捨離®』は『片付け』スキルやメソッドではなく『自分の人生の恢復の道筋』を断つ・捨てる・離れる視点で取り組んでいくもの。(と今回改めて解釈し直しました。)

なので

『断捨離®』はお茶・お花と同じ『道』である

と感じました。

今、自分が「お茶道」に足先をチョコっとつけているのでそう感じるのかもしれません。

『断捨離®』はひたすら完成形に向かって研ぎ澄ましていく『研鑽の道』なのでたぶんこれで完成、というものは無いとも思います。

そしてスキルではなく(ある程度片付けに関するメソッドはあると思いますが)、思想に近い。

やましたさんはこれからも色々な気付きをブラッシュアップさせて造語し、分かりやすく説法していくのだと思います。

この番組が始まった当初に比べ、やましたさんもドンドンブラッシュアップしているのを造語や説諭からも感じることが出来ます。

しばし介護でこの番組の感想を書ける余裕がなくなり、しばらく録画も見ないままでしたが、(番組の感想、昨年の10月で途絶えています)

間をすっ飛ばして自分ごとで引き寄せられる内容を久しぶりに書いてみたグリコール・グリコです。

次回(5月16日)はリバウンドしてしまったお家の話とか。

リアルタイムはむつかしいので録画してまた感想が書けたらなぁ〜と思います。

本日も最後までお読みくださりありがとうございました〜。

コメント