今しない事は手放す。絵葉書・切手を全処分 暮らしの見直し第4期-37

片付け

昔はしたけれど今とんとしなくなったのが、、「手紙を書く」です。書きたくなったらその時に用意しようと思い切って中途半端な量の絵葉書と切手類を全処分したグリコール・グリコです。

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昔はそこそこ手紙を書いたけれど今はメールで済んじゃう

若い頃はまぁそれなりに手紙を書いたこともありました。

けれど今はメールで事が足りてしまうのでほぼ手紙という形式は使わなくなりました。

一口で言えば「時代」の波、、ということでしょうか。

絵葉書、旅行や展覧会に行った証拠品だった

絵葉書は大量にあったものを何回も選りすぐって未だに手元に置いていました。

絵葉書をなんで買っちゃうかというと、展覧会にいくと気に入った絵は自分のものにならないからせめて絵葉書で、、という気持ちがまず一つ。

そして誰かに手紙を送る時に使えるかも、という気持ちも一つ。

それとせっかく足を運んだ記念に、という証拠品としての役割が一つ。

私の場合は展覧会は図録も結構買ってしまう確率が高いので、展覧会に足を運んだ証拠品としての葉書だったな〜ということが改めてわかりました。

旅行したての頃も新鮮で行った記念の証拠品みたいについ。。(汗)

お気に入りですから大切に保管。

大切に保管のわりには図録ほど目を通さない。

そして時は流れ、、誰かに手紙を出そうかな、なんて時に出すと絵の部分は大丈夫だけれど、裏が薄茶色に焼けている。

そして郵便番号の升目が古い。

(□□□-□□だったりするので古いのがバレバレ)

こ、これは相手に失礼?だ、出せない、、。

でもその絵が好きだったので手放せなかったのですが、今回するっと手放せました。

今、手紙は書かない。そして手紙を書きたくなったらその時に考えれば良い。お気に入りは図録の中にもあるから大丈夫。

と気持ちが大きく変化しました。

明日を憂うことなかれ。

絵葉書

最後まで残しておいた絵葉書を思い切って全捨てしました。

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中途半端にポロポロあった記念切手は全部寄付

東日本大震災の時にとにかく寄付だ、寄付、と手元にあった「切手帳」も潔く手放したんですよね。(アラ還オバハン時代の人はだれもが通る道)

興味も薄れてきていたしえいやっ!っと。

しかしデイリーで使う切手は「消耗備品」として置いてありました。

けれど連絡手段がメールが支流になっていった事や、近年葉書や封書の値段がコロコロかわることもあり、結局消耗備品の切手を使う事なく郵便局にいってその場で切手を買う事が多くなりました。

切手、あっても使わなーい。

お年玉年賀はがきの当選で貰える記念切手がどっさりありました。

もう、元を取ろうとか思いません。

全部まとめて寄付。

寄付先は色々調べたのですが今回は公益社団法人日本動物福祉協会にしました。

葉書・切手とも受けつけてくれるからです。

不要葉書を切手に替える方法もありますが、今回は切手自体を増やしたくないので寄付を選びましたぜ。

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今しないことを手放す。基準を「今」にもっていくと片付けが進む

先のことはとりあえず置いといて。

「今」だけ見ていくとあれだけ執着していたもの、先送りにしていた事が不思議と良い意味でどうでも良くなって手放す事ができました。

今は手紙を書かない。だから絵葉書は要らない。

今は証拠品を置いておく気持ちからは卒業した。

と、今の事実だけが浮かび上がる。

あ、そっか、それでいいんだ。

暮らしの中で全捨てしてもちっとも困らないものは結構ありました。

↑この辺から再び片付けのギアが入った感じです。

↑見直しって必要だし、やっと要る・要らないの基準が自分の中で明確になっていきました。

私は時間的な制約もあり、見直す場所・モノを限定して行っています。

牛歩の歩みですが、確実に進んでいます。

生き直しに向けて前進前進。

自分をアップデートするのはやっぱり自分しかない。やるぞ。

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