2019 春のお彼岸、樹木葬にお参り近年の墓事情。小さく終う&多様性。

自然葬

お彼岸でもあるので、樹木葬のお墓にお参りに行ってきたグリコール・グリコです。平成も終わりになりますが、近年の墓事情を垣間見てきました。また、お寺さんも色々頑張っているところも増えたのでその紹介もしてみます。

スポンサーリンク

山川草木悉皆成仏という考えからきているここの樹木墓

山川草木悉皆成仏とは?

この世に存在する全てのものは成仏する命を持ち合わせているという意味だそうです。

梅原猛先生の造語らしい

人間も大自然の中で生まれ、そして大自然の中に還っていく、そのような命のサイクルの中にある、というのが樹木葬の考えの基本になっていると思います。

法華経にも『草木国土悉皆成仏』という言葉があり、ほぼ同じ意味合いです。

樹木墓はよりコンパクトに

写真は第二期絶賛販売中のファミリータイプの樹木墓です。(我が家のはその奥の方の初代樹木墓。)お彼岸のはじめの方という事もあって、お参りに来る方が多く、活けてある花が多かったです。

ここはいつ行ってもお寺の手入れが行き届いていて、造園の人がマメにメンテナンスをしています。行った時もアチコチ枯葉を拾ったり境内を清掃していました。花は4月以降が見頃になります。

お線香ライターは必需品。


風よけライターCR お墓参り3点セット

樹木墓、平成の世から次第に小さく終う方向へ

ここの壁面にはかまぼこ板と同じくらいの大きさに名前と没した日付、年齢が刻まれます。全100区画だそうです。

葬儀屋さんの終活相談で『戒名』の話が出たので改めて気にして見てみました。

プレートを見てみると、平成になってから身内だけで行う『家族葬』が増加した事もあってか、『戒名』がない方が増えました。(我が家も戒名ナシ)

戒名があっても重厚な戒名ではなくライトな戒名が圧倒的で、平成以降の終い方を体現しているようでした。プレートが小さい分、マンションや団地みたいな感じです。墓じまいをしてファミリーで入っている方もおられました。

樹木墓、石板名が小さくても心の拠り所は同じ

そばに石のお墓(普通の先祖代々のお墓)もあるのですが、こっち(樹木)の方が賑やかです。小さく終っても、慕う気持ちは変わらない、、というか返って樹木の方がざっくりやっちまった分、贖罪?もあるのかこう行った節目節目でお参りに来られる方が多いように感じます。

増加しつつある樹木墓や納骨堂

檀家ではないけれど、自分がいなくなってからも永代供養してくれる安心感があるのがお寺の樹木墓や納骨堂。打ち切り世帯の増加もあってこのところお寺での新しい収入源の一つにもなっているようで、アチコチ見かけるようになってきました。

ただし、お寺によっては年月を区切ってその後合同墓へ移行というスタイルがあるのでそこだけは注意しておきたいです。

私が選んだここのお寺は春・秋の彼岸供養、花祭りの時は護摩焚き供養と竹筒に入れた御燗酒や焼き芋の振る舞いがあったり、夏は万燈供養があったり色々イベントをしています。(行かないけど日帰り観光バスツアーのお知らせも来たりする、笑)

お寺自体が開かれた場所として機能している例もある

もっと踏み込んだ活動をしているお寺があったので紹介します。

應典院お寺終活プロジェクト”ともいき”。クラウドファンデングを見ていたら見つけました〜。

お寺終活カフェなんてやってます。中身も哲学、ペットの終活、椅子ヨガ、マンスリーミニシアターと多彩。近かったら行ってみたいです。

近年、『人の終い方』に関しても色々と選べるようになってきました。良い事だと私は思います。人の人生が色々違うように、終わり方だって色々であって良い。

そして生きている人には、應典院さんのように終活カフェやグリーフワークなど、彼の世に行った人より遺されたものに寄り添ってくれる役目をお寺が果たしてくれたらすごく嬉しい。そうすれば葬式宗教なんて言われないんじゃなかろうか。。と思います。お彼岸という事もあり、お墓やお寺のあり方について、感じたまま書いてみました。

自然葬に関してはこちらの実体験を。

コメント

error:Content is protected !!