両親は自然葬、打ち切り世帯の私が選んだ選択 その2、樹木葬と自然葬のまとめ

自然葬

こんにちは、両親は自然葬のグリコール・グリコです。
実母の2年後に実父の死が訪れ、ここでも埋葬のしかたを悩みました。(とほほ。)
実父の希望はどういう形なのかが、迷いがあったからです。
実父の一応の希望は「山」でした。
当時「山」の散骨はあったにはあったものの、「山」の所有者が万が一変わる場合も有り、なんとなくヒットするものに出会いませんでした。
そんな中で「樹木葬」と言うものに出会います。

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樹木葬ってどんなもの?

色々形式が有り

・もともとうっそうとした森を一括自然葬の場として使用する
→自然散骨に近いやり方

・大きな樹のまわりにカロートを作ってそこに遺骨を納める様式のもの

・墓碑代わりに遺骨を埋葬する毎に苗木を一つ植えるかたちもの
などがある。

ちなみに実父は3番目のカタチ、墓碑代わりに樹木を植えるというものである。

里山のお寺でお寺の北側が樹木葬のスペースにあたる。

(間に置いてある灯籠はお盆期間限定デスプレイ)

どういう手順で樹木のお墓になるのか?

・当り前だが現地に行って区画を購入。場所を決める。

10年前は今程樹木葬のカタチが多く無く、探すのにやや手間がかかった。
※現在は「樹木葬」で検索すると沢山出てくる。

東京都も行っている。

・位牌とお骨をもって指定された日時に出向く。

・骨壺の袋に埋葬許可書が入っているのでそれを渡す。

(※埋葬許可書を渡したのは契約時だったかちょっと記憶が無い。ただ、そういった手続きをしたことは確かである。ちなみに鉄道での遺失物で「お骨」がランキングにあがっているが、これらは「埋葬許可書を抜いたもの」であり、忘れたものではなく完全に確信犯である。。。)

・お骨を入れる場所に予め穴が掘ってあり、横に植える苗木が置いてあった。

・じゃぁ、はじめます、、と言ったかどうか記憶が無いが僧侶が南無南無してくださり、スタンバイしていた係の人がお骨を穴にザー。

え?手荒いっすなぁ。(汗)
土をかけて苗木をポン!と置いて終了。はやっ!
・葬儀の時に使った仮位牌をお寺に託し(神道系の葬儀だったため 戒名無し)お焚き上げ。→終了。

毎年行われる万燈供養でお盆情緒を満喫

現在色々な所で広まりつつ有る「樹木葬」。実父の樹木墓はお寺で管理されるので毎年「万燈供養」なんてものをやってくれる。

私がお参りする時まず最初に言ってしまうのが”元気だった?”である。なんせ相手が「木」なので「木」が元気かどうか気遣う私。アホだ。

今後「木」が「樹」になるのか「枯れて」しまうのか?そこがいささか「気」になるところ。

ここでの樹木葬の唯一のデメリットは当たり前だが、追加埋葬不可。

○○家の樹木葬ではないため、一人一人区画を購入する。(現在は夫婦墓ってものもある)

・お墓の移動は基本出来ない→土に還るため

・他の人に理解されにくい。

人の繫がりや親戚・家族の在り方が変わっていく中、墓の形態もさまざまになって来ている。近年ではペットと一緒のお墓も出て来ている。

でもここは我が家はまたも一人っ子長女の為に負の遺産を残さないように英断。

こうして私の終活の第一歩として実家分のお墓問題は自然葬として決着をつけたのである。

自然葬のメリットデメリット

自然葬のメリット
・私の行った樹木葬はお寺が永代管理している(寺が潰れない限り樹木の管理も不要、ほぼ10年以上経つが第二期のファミリー樹木の墓も絶賛販売中らしく今の所管理は行き届いている)・ここは「樹木墓」ではあるが壁面に名前・没した日にち・年齢が刻まれる。
そういったところは 石のお墓とあまり変わらないかも知れない。
→お参りする場所が特定される→実は自分の心の拠り所にもなる
・自然のサイクルの中に人間も在ることを実感出来る。(これは海洋葬も同じ)
自然葬のデメリット
人に理解されにくい。本当に「自然葬」をすると
『なにも海に流さなくても、なんなの?それ?』
『樹木葬ってなんかの宗教?』
『どうしてご先祖様を大切にしないの?』
『お墓をつくらないなんて罰当たり』などなど 世間様から色々言われるのも事実。新しい事をすると向かい風も当然在る。

・石のお墓がない分 拠り所がない→やってみると意外とふわふわした気分になる。
「お墓」とは故人のためにではなく、生きている人間の為の拠り所でもある。ということが実際やってみて改めて分った。
けれど疎遠になるのではなく、逆に今まで以上お盆やお彼岸は意識する。
盆フェス、なんて言って鬼灯やお盆の飾り付けをして送り火だって焚いちゃうし、お彼岸はもちろんおはぎをゲットする。
樹木葬の万燈会も欠かさず参加させてもらっている。

今の自分のおもいと課題

両親は自然のサイクルの中に在る、海を見れば母を想い、木々をみれば父を想う。
かたちはつくらなかったけれど、其処ココに 両親が居る。それでいいと思っている。

また、これから降りかかる私たちの最期の課題(お墓)も、夫婦どちらが先に逝くかはわからないが誰が執り行っても分かりやすいように今のうちから「どうありたいか」を明確に伝えておくことが必要だと感じている。
なんせ我が家は次男坊、本家ではないのでこの問題はまた1から始まる。(めんどくセー)
もちろん私は海洋葬、と娘に伝えてある。夫は自分の家の墓に入りたければそれは可能である。
とにかくノープランだけは勘弁していただきたい。
なんせ私の両親はそういうことを棚上げしていたので残されたものが結構大変だった。

墓守娘撲滅の会、会長として、これから娘が墓守娘にならないよう、又、私たちが墓の放浪をしないように今から具体的なプラン・方向性を見せるのがせめての最後の子孝行だと思ってイマス。
実際執り行った海洋葬はこちらの記事でどうぞ。

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