旧紙幣を銀行で交換した。誰も新札に替えようとしなかった保留案件

お・や・か・た

義理母つうさんもチョットずつ『終活』をしています。声が掛かればそのお手伝いをするグリコール・グリコです。

今日は今まで保留にしまくっていた、義理父が保管していた『旧紙幣』の話です。

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義理父の亡き母が地味に貯めていた旧紙幣

夫シンジさんから見ればおばあちゃんに当たります。

義理母の話を聞くと、そのおばあちゃんが亡くなった時に色々あって某所からまとまった『旧紙幣』が出てきたそうです。

当時の義理父は整理されていない場所から出てきたある程度まとまった『旧紙幣』をみて、「お金が足りないと言っていたが、こんなところにあるじゃないか。。」と憤慨していたそうです。

紆余曲折あってその旧紙幣を義理父が引き取ったものの、亡くなるまでその存在は知られていませんでした。

旧紙幣、どうしたらいいのかしら?と私にふる義理母

義理母も『じいじのおばあちゃんのお金だからチョット手を出しにくい案件』として又も保留していました。

あそこにあるあれどうにかしたいけどどうすればいいのか?
とある日、私に丸投げをしてきました。(アレアレばっかりの会話)
とうとうやってきた、お約束の一周回って戻ってくるパターンです。
言われるままに箱を開けると、
もわわわ〜んと旧紙幣が入っています。
一圓札が10枚ひと束になってるわ、千円の聖徳太子はちり紙に包まれてるわ、明治時代のお札はあるわ、かと思えばバラバラの記念硬貨があるわ。。
”どうすればいいのか?”の連発だったので、とりあえず銀行で交換してもらえそうな千円札と500円札、100円札&現在も使えるのか(交換できるのか)聞くために一圓札を一枚だけ持って銀行に行ってみました。

旧紙幣、窓口で簡単に交換できると思っていたら違っていた

銀行で『旧紙幣』を今の紙幣に交換したいと告げると、

一旦お客様のお口座に入金してからのお引き出しとなります。
と言われてビックリ!
窓口でささっと交換してくれるかと思ったらそうじゃなかったー!
”金額は?おいくらですか?”と尋ねられたものの、持たされた紙幣の枚数や金額を事前にチェックしていませんでした。(ザル行為)
銀行の係りの人が見守る中、”いちま〜い、にま〜い、、”と金種毎に数える羽目になり、途中で”めんどっちいなぁ〜”とぼやいてしまいました。
聖徳太子や岩倉具視あたりは見知ったメンツで銀行員もハイハイ〜って感じだったのですが、板垣退助あたりになるとやや”ん?”という感じになり、最後に”これも、、替えられます?”と出した一圓札のニノさんはチョットたじろいで”少々お待ちください”と中に消えて行きました。

一圓札も、1円ですが替えられます

しばらくして係りの人が戻ってきて”一圓札も1円ですが替える事が出来ます”

というのでそれぞれの枚数と金額を係りの人に言って渡しました。

”確認作業をいたしますので少々時間がかかりますが、、”と言われ、ぼーっと待つ事10分くらい。

窓口のさらに奥の方に旧紙幣は運ばれ、違う人がチェックをしていました。

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旧紙幣、確認が終わり一旦私の口座に入金マネーロンダリングのよう

その場で手渡しで現行の紙幣はくれないので、ルールに則り、一旦私の口座に入金してから、ATMで速攻引き出して義理母に渡しました。

なんかマネーロンダリングみたいです。

当時使っていればそれなりだったお金なのに

見つけた時点で使っていれば、いや、貯めていた本人がその時使っていれば、それなりのボリュームのあるお金だったと思います。

更にそれから何十年も時が経っている中での平成最後。

流動する社会の中で紙幣価値がどんどん変わってなんか切なくなりました。。

お金にも旬がある!
(残すのならせめて金に、、そこ?)

今のお金に替えたけれど、使いたく無いという義理母

元を正せば、じいじのお母さんのお金なので、なんとなく自分が使うのは嫌だ、と言います。(わかるわかる)

”じゃぁ、お墓の修繕か、この際、寄付しちゃえば?”と提案すると

”うん、そうする。どこに寄付すればいいかわからないからグリちゃんやって〜”と言われ、まさかこの作業も私に回ってくるとは、、汗。

”今日はとりあえず自分が持っていてよ”と義理母にお金を渡してこの日の作業を打ち切りました。疲れた〜

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まだある旧紙幣、めんどくさいのでそのまま寄付かな?とも思う

今回実際に銀行で今の紙幣と変えられるか実験をしてみました。

多分これを読んで『古銭を扱う古物商に持っていけば高値になるのに〜』と思う方、いると思います。

でも、実際古物商に行って昔のお金が今の貨幣価値より上に上がるなんてことはそんなに無いのが実情です。世の中そんなに甘く無い。

逆に出掛ける手間賃の方が足が出ちゃうくらいだと思っています。。

(なんせあるのが一圓札ですから。。。小判でもあればまた違うんだろうけどココがふつー装備家庭のアルアルですなぁ、、)

やれ希少価値のエラーコインだ、ゾロ目だ、、そんな夢をみてはダメ。

旬を過ぎたヨレヨレのお金は今の貨幣価値を保っているだけでもギリギリくらいに思っていた方がいいです。

お・や・か・たの残務整理は地味〜に続くよ、、

今では置き物類もほぼないので助かっていますが、義理母の部屋のモノをいつか片付ける日が来るでしょう。

義理母も自分がなんとか出来るうちになんとかしたいとは思っているようですが、思っているだけで、実質は誰かに丸投げをせざる終えません。

その時まで私の判断力が残っているか、体力が残っているか少々疑問です。

今回の件のように『誰かが決断しないと進まない』案件が絶対来ます。
物事が堆積して溜まらないようにするには
『決断と実行』&『欲をかかない勇気』が必要だと思っています。
50代、ガツガツする時間はそうないのです。。

コメント

  1. 真由美 より:

    グリコールさんこんにちは😃
    いくらくらいになりました?なんて下品な質問しようかと思いましたが、労多くして功少なしとでも言うかこの手のものは
    手間ばかりかかって、グリコールさんの言われる通り欲をだしたり価値があるものと思いこまない方が賢明と思います。
    でも私達は日本人でよかったです、なんでも南米のベネズエラではハイパーインフレーションが100万パーセントでお金の単位をゼロ五個切り下げたそうです!(笑)
    グリコールさんの言う通りやはりお金は使うものだと思います浪費は進めないけど、、昔の方は堅実だったのかしら?

    • グリコール・グリコ グリコール・グリコ より:

      おはようございます、真由美様。
      ”なんでも手間がかかる”と、思うようになってきたこの頃です。
      もしかしたらお宝かも、と思ってあちこち出向く時間と労力が、尽きようとしています。。(汗)
      元々私の所有物では無いので。そこらへんはやれるところはここまで、と打ち切り。
      義理母死後そういった負の遺産は夫がなんとかするでしょう。(私はもう知らんもんね)
      「生きているお金」と「死んでいるお金」があると思います。
      その「死んでいるお金」を市場に出しましょう、と言うのが現在の政策ですね〜。
      あと10年も経たないうちに「紙幣」が無くなるかもですね〜
      色々なカードが一本化してくれるとありがたいのだけれど、、資産の見える化になると色々不都合が出る人も出てきて難しいのかな、、
      団塊の世代&それより上の時代の人たちが死滅する頃、時代はものすごく変わってくるんでしょうねー。
      ついていけるのか?かなり際どいです。

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