人生100時代と言うものの、、その2 老衰死と看取りに関わる人

打ち切り世帯の終活

自分で言うのもなんですが、、多分長生きしそうな自分が見えます。(汗)政府は『生涯現役』と煽りますが『生涯現役』でバリバリ活躍するのはほんの一握りでしょう。今回『老衰死』は具体的にどんなものなのか、また、今後そのような場面で介入してくるかもしれない『看護僧侶や看取り士』なるもののお話です。

スポンサーリンク

老衰死、枯れるように死んでいくという事

NHKのクローズアップ現代+で取り上げられた「死にざま指南 看護師僧侶が説く」で老衰死の過程が具体的に紹介されています。↓このサイトお時間があるときにでも是非見てください。

延命治療をせずに自然な死を迎えるときの心の変化

死の予兆は概ね三ヶ月くらい前から現れると言います。まず心の変化が現れます。

多くの場合、始めに現れるのは、内向きになることです。人に会ったり出かけたりしなくなり、テレビや新聞も見たくなくなります。
その代わりこれまでどういうことをしてきたかなどしきりに話したりします。一生懸命自分自身の人生の整理をしているのです。

NHKクローズアップ現代+サイトより抜粋

こころの中で自分の人生の整理、、もうモノがどうこうではないんですよね。実母がほぼこの形に近かったのかな、、と思います。

15年前は胃瘻を積極的に進める時代でそれを拒否するということは大罪を犯すようなそんな雰囲気でした。医者も治療をしないならなぜ病院にいるんだ?くらいの勢いでした。

病院での最期の一ヶ月、父との長年のわだかまりも消えた実母。実父が嬉々として介護をし、まるで新婚家庭のような病室でした。濃縮された一ヶ月だったと思います。この時間が彼女にとっての自分自身の人生の整理の時間だったのかもしれません。

(あーもう15年も経ったんだな。。)

延命治療せず自然な死を迎える時のからだの変化

食欲が細くなり、血圧や心拍数などが不安的になり、肌や爪、手足の血色が悪くなります。

NHKクローズアップ現代+サイトより抜粋

食が細くなるとやはり家族は心配ですのでここで医療の力を頼ってしまいます。死への着地をしようとしている事がわからないし、死因が『餓死』となったら嫌ですから。

このクロ現の特集でも『死が操作できる時代になった』とありますが、まさにそう思います。でもそっちに舵を切ってしまいます。

看ている側が耐えられないのです。少しでも苦痛を減らしたい、少しでもよくなってほしいと医療の力に頼るのは自然だと思います。

(自分で書いていて、あ、全く軸が死に行く本人に添っていない、、という事がバッチリ明白になりました、自己都合なんですね、私、、、)

現に老衰死の選択は難しいし、どこで最期を迎えるかでも違ってくるからです。

個人的には病院でも老衰死の場を積極的に提供してくれるようになってほしいです!
(その為に金を貯めるぜー!くらいの勢いがあります、汗)

私は自宅で死にたくないから。そこまでに至る家族の負担はとてつもなく大きい。

スポンサーリンク

老衰死、人は本来自分で自分のからだをきれいにして亡くなる

点滴を最期までしていると亡くなってもからだがむくんだまま、遺体から水が滴ることもあるそうです。(泣)

心停止の前に、それまで出なかった尿と便がいっぺんにバッと出ます。血圧が低下して体中の筋肉が緩むためです。
そのおかげで亡くなった後の体の中はきれいに空になっています。人は自分で自分の体をきれいにして、亡くなるのです。

NHKクローズアップ現代+サイトより抜粋

死直後体の筋肉が弛緩するから余分なものが出るのだ。と理解していました。

人は自分で自分の体をきれいにして、亡くなるのです。

人は自分で自分のからだをきれいにして亡くなる』と聞くと、自然の摂理の偉大さに感銘さえ受けます。抗うことをしないと自分のこころの容れ物であるからだの最期もちゃんと始末ができるのか。。

QOD(死の質)を考える、台湾の場合

クロ現に出てくる看護僧侶の玉置妙憂さんは台湾に取材に行っています。

台湾では医療者、介護者以外の立場の「第三者」が、看取りの場に継続的に参加してくれる仕組みがある

台湾では看取り現場で医療者、介護者以外の第三者(僧侶など)が参加して本人や家族を支えてくれます。その活動費は寄附から賄われ、料金は一切発生しないそうです。

台湾の老衰死(自然死)に関わる法制化はこちら↓

台湾の看取り場面で僧侶が言う『万事うまく進んでいます』、すごいな、この言葉。。。

上記のサイト(なぜ台湾では人が穏やかに死ねるのか)のタイトルにもありますが”人生に起こるすべての変化は、うまくいっている証”と捉えられると一気に気持ちが軽くなります。

死は哀しむべきもの、ではなく『生物の定めの延長線上にある着地点』と考えれば全ての変化は諦めがつく、、というか受け入れられる気がします。

あ、ここでもず様のオススメ『死すべき定め』アトゥール・ガワンデ著にやっとたどり着きました。

スポンサーリンク

日本はどうだ?日本の場合

日本にも看取り士なるものが登場

家長制度が無くなり核家族から、さらに進んで孤立していく個々。多死社会の到来で当事者と家族の間に新しいポジションとして誕生した「看取り士」。

生前に契約するんでしょうか??ボラなんでしょうか?打ち切り世帯だけにこのようなものは気になります。。

老衰死を讃えるような記事ばかりが目立ちますが、本当に自宅で最期が迎えられるのか?

在宅医療を確保しないと厳しい現状も

実際は訪問看護や訪問医療を確保していないと死んでから救急車を呼んでバタバタしたり、果ては警察が介入する事案(こんな記事もありました)になって厄介です。

昔はごく限られた一部の開業医しか訪問医療を行なっていませんでしたが、近年の開業医さんはかなり訪問医療に時間を割いてくれるようになりました。開業の休憩時間や、休院日に訪問医療をあてるDrも増えてきたのは事実です。

私は自宅では死にたくない派ですが、訪問医療もしてくれるホームDrを安心の担保として持っておきたいと思っています。

とにかく何を選択しても抱える家族の負担は大きい。
スポンサーリンク

老衰死は生物として当たり前の死に方だが、、国の思惑で家での看取りを選択するのはゴメンです!

人生100年時代、一億総活躍社会、高齢者の労働支援、入院期間の制限、地域で最期まで自分らしく暮らす〜実質自宅での看取りを推奨、国は超高齢化社会に備え、極力医療費を削減したいようです(苦笑)。

2019年の現時点で、理想的な老衰死を成し遂げるにはいささかハードルが高い気がします。介護現場も人手不足、医療現場も人手不足ですから。。

現在の心境は『老衰死は生物の定めの延長線上にある着地点、あるいは緩慢な下り坂の一つに過ぎない』事は理解しても、お上から指図されるとムラっと反逆心が湧く私です。

国の都合で家で死んでたまるか〜!

グリコまさかの卓袱台返し!

まぁ、どんな事が起こるかわかりませんがいつか来る定めを見据えながら『今』を生きていこうと思います。

『今』をフォーカスする為にもやはり「終活」という片付けをして余分な枝葉をそぎ落としていきたいです。

自分の棺桶に入れるものはもうセット済みです。↓気が早いグリコール・グリコです。

コメント

  1. もず より:

    グリコさん

    こんにちはー。お母様も最後は穏やかに過ごされたのですね。うちも両親が不仲でしたが、母が弱って父がすごく世話をするようになりました。まあ、父自身が寂しくて施設に入れたくなかったのですが(苦笑)。
    看取り士、私も週刊誌で読んだのですが、かなり難しいのではと感じました。家族との相性が合う合わないがすべての気がします。

    私は母の時も思ったのですが、これだけ病院で死ぬことが当たり前になっていると看取りの手段が継承されてないのに、無理だろうと。
    グリコさんのおっしゃる通り、在宅の負担はかなりの大きかったかもしれません。
    母が亡くなってしばらくして、こちらで後期医療のイベントで石飛先生が講演されました。それを知ることができたのは父が福岡に転居していたからです。

    講演が終わって、壇上から降りてこられた先生に、声をかける方が何人かいらっしゃいました。私も、先生の本やテレビのおかげで、看取りができたことの感謝を伝え、「胃ろうはしないと決めていました。それでもいよいよ終末期には、これでよかったのか、胃瘻した方がよかったのではと迷いや不安がわいてきました。」と言ったら、何だか感情の堰が切れたように号泣してしまいました(汗)。先生は腕をさすりながら「迷うよね。本当に迷う。迷わない家族なんていないよ。。」と優しく言って下さいました。
    介護のキーパーソンは私でしたから、私が不安とかを表すわけにはいかなかったので、相当なプレッシャーがかかっていたのかなとその時初めて思いました。

    石飛先生は自宅での看取りは、これだけ病院死が当たり前の時代が長かったから現実的ではない。だから住み慣れたホームでと提案されていました。そのホームでの看取りを飛び越して、いきなり在宅かいっ!と国に物申したいです。

    • グリコール・グリコグリコール・グリコ より:

      「迷わない家族はいない」その言葉に救われます。コンバンワ、もず様。
      もず様一人で踏ん張って来たのですね、、これからの時間は小さな楽しみで自分を満たせるといいなぁ、って思います。
      お料理教室やイタリア語これからも楽しんでくださいねV
      義理母のことはある程度自分の中で区切りが付きつつあるので、あと数年はなんとかなるでしょう。。
      看取り士、ビジネスとしての資格なのかあまりはっきりしていないので機会があったらまた調べてみたいです。

      ホームですが、そういった場面に置かれたときに自分の経済状態にあったホームが探せるのか、これは今後の長期的課題になります。
      ちょっと準備期間をもらいながら、これからの時間を大切に楽しみたいと私も思っています。

  2. 真由美 より:

    グリコさん、お久しぶりです。考えされられることばかりでほんと勉強になります。
    でも変化がそんなに悪いことばかりでもないという気がするし、、人生100年時代と
    しょっちゅう聞きますが、マスコミやいろんな情報ってどこまで信憑性があるんでしょうかね?
    よく自分の頭で考えなければと思います、実父が80過ぎても免許を返上せず、
    頑固でプライドの高さに困っています。反面教師というか世の中がかわっているのに
    自分の頭が現在についていっていない変化を受け入れない?というのが年をとるこいうことなのか?
    などなど考えさせられます。同じ年代のグリコさん、のような方のブログは本当に参考になります。
    ミニマリストとかシンプルライフって私より若い方が多いんですよね。
    でも最後はあ〜面倒くさい!もうかんがえるのや〜めたってなります(笑)
    梅雨がはじまりますね、お体にお気をつけ下さい。ブログの更新楽しみにしています。

    • グリコール・グリコグリコール・グリコ より:

      お元気でしたか?真由美様。コメントありがとうございます。しがないオバハンのブログを読んでくださって嬉しいです。
      人生100年計画内閣府で発表されています。https://www.kantei.go.jp/jp/singi/jinsei100nen/
      国は着々とこの政策を進めていますので元気なうちは働けや〜ってことでしょうね。(別に働くことはいいけれど)
      免許返納はなかなか難しい問題ですね。プライドもあるでしょうし。人身だけはして欲しく無いですよね、、(滝汗)
      若い方々が暮らしのことを本当によく考えて贅肉を落としているのでスゴイなーと思います。若い時から暮らしにフォーカスしていれば良かったとちょっと後悔。あはは。
      どこのカテゴリーがフィットするのかイマイチでズルズルミニマニスト のカテにいるのですが、合ってはいないかな???
      私、どこのカテゴリーがいいと思います?と真由美様に聞いてしまう優柔不断なグリコです(汗)。
      これからもおヒマな時読みにきてくださいな。ありがとうです。

      • 真由美 より:

        グリコさん、わざわざお返事ありがとうございます😊
        ミニマリストでも50代でも介護シンプルライフ片付け複数にまたがってもよいのでは?そこからまた発見があるかもしれません。グリコさんはまとめ方が上手いです、わかりやすい三ないとか循環させるとか 自分の事にちゃんと落とし込みが出来ます。私はやはり同年代の方の話がすごくしっくりきます。長生きが罰ゲームなんて言い得て妙、ドキッとします。ただ変化はうまくいってる証なんて、ちょっと救われます。死に方の教科書なんてないですからね。
        私も今を大切にしようと思います。では

        • グリコール・グリコグリコール・グリコ より:

          こちらこそご丁寧にお返事をありがとうございます♡真由美様。
          また、アドバイスありがとうございました。カテ変更の際には告知してから変更しますので、
          その時はよろしくです。
          お隣さんも100歳越えのお母様の介護が大変そうでした。
          (肉体の耐用年数は50と思っていますのであまり長生きし過ぎるのも考えものだな、、と個人的に感じています。)
          時代の変革スピードが早いのでいつまでついていけるのか、、およよ。

error:Content is protected !!