片付けからわかった自分のエゴ。

片付け

割と、いや、かなりの記録魔、グリコール・グリコです。
引っ越しを繰り返してもずっと持っていた娘チョコの記録。
やっと凡そを処分する事ができました。。

手放すまでが長かった〜、お陰でスペースも空きました。

今回は片付けることで私なりに自分の気持ちを正直に見つめる事ができました。

今回はその気付きをアップしたいと思います。

心はすげー自己中です。

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”どうしてずっと娘の記録を持ち続けてるんだろう、、、?”と自問自答

妊娠から出産、西魔女(娘)の日々の食事の記録(アレルギーがあったため)など記録した何冊ものノート。
9割データ(食事内容、排泄回数、アレルギーの有無)なのだが1割ほど自分が感じたこと、思ったことが書いてあってわたしが居なくなって読むと、きっとドン引き。

娘チョコにしてみればこういう記録はきっとありがた迷惑
重たい母、、、(多分今でも結構重たいと思われる、、汗)。

愚かな我、に気づく

多分、『人間を育てる』という自信がなかった分”これだけ頑張っていたの、わたし”
という証拠を残したかったのだな、、、という思いに行き着いた。

なんせ実母譲りの子供可愛い血筋につけて、承認欲求が強ーい私なので、死んでからも頑張っていた私を認めて欲しかったんだと思う。

(ほんとはそんなに頑張ってもいない子育て、、汗)

愚かだなー。

そこが分かったら憑き物が落ちたように、私が関与した妊娠〜保育園までの記録を処分することが出来た。

自分が見えたら手放せた、娘への思い

とにかくわたしのエゴで”頑張った母的記録”を押し付けるのは違うな〜ということが解った。

その時は、そう思って書いたのだと思うけれど、それは過去の事。

そんな過去の記録を見ろと言わんばかりに残すのはルール違反。

処分するスピードも鈍るだけだ。

自分が死んでもなお、人の気持ちを操ろうとしていた自分に気が付いてドキン。

そういえば、

”私が死んでもこのチェストとこのチェストは残しておいて!”とも言ってたっけ。。。

こういう言動、実母とおんなじじゃん。。。(滝汗)

死んでまで娘を絡め取ろうとしていたなんて、、

テラ傲慢

今まで持っていた記録を手放すことで、やっと娘から卒業した気分だ。

いや、娘を私から解放だ。

今までありがとう、娘チョコよ。そしてゴメン。

手放すことで見える「今」がある

あなたはあなた、私は私。
全ての決定権はあなたにある。
好きなように生きろよ。

今なら本当にそう言える。

 

記録の断捨離をして、やっと「今」に戻ってきた私。

とりあえず、お帰り、自分。

どうして残していたのかを良く考えると、何に執着していたのかがよーくわかる。

片付け(断捨離)も進む。

自分の古い地層もガンガン剥がして、お互いが真に自立できるよう成長していきたい。

自警も込めて

立ち止まるな、自分。

モノと向かい合い片付けをする過程には、未整理の心の中も片付けているんだな。

こうやって徐々に「今」の自分のテーマでもある『人の課題に踏み込まず一呼吸置ける関係づくり』に入って行くのでありました。

そのうち「家族との関わり」へ続きます。(そのうちねっ)

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