「年金暮らし」という言葉が現実味を帯びてくると、つい「これからは簡単に買い替えられないかも」「物価高で生活が厳しくなるかも」と、守りの姿勢に入ってしまいがちです。
けれど、不確実な未来への「不安」からモノを溜め込んで、今の暮らしが重苦しくなっては本末転倒。このゴールデンウィークは、そんな心の停滞を吹き飛ばすべく、家の中に溜まった「淀み」を外に出すことに決めました。
15年使い続けた「猫キャリー」との別れ
今回向き合ったのは、愛猫のキャリーバッグです。
先代の頃から15年、ずっと使ってきた2代目。
上部が開くタイプで、当時はそれが一番使いやすいと思っていました。

しかし、昨今の災害への備えや、徒歩での通院を考え、思い切ってリュックタイプに新調することに。

避難時にも両手が空くし、何より新しいバッグの中では、ニャンコが暗がりで安心したように丸まってくれました。
その姿を見て、ハッとしたのです。
「もったいない」という自分勝手な理由でずっとアップデートを怠っていた。
今のニャンコにとっての「最善」を、私は後回しにしていたのではないか、と。
安心して入ってくれる姿を見て、逆に申し訳ない気持ちが湧き上がりました。
時代は変わるし、よりいいモノは出てくるのです。
こうして新しいキャリーを迎え、清々しい気持ちになりましたが、、
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「もったいない」の第二章、その罠
ここで終わらないのが片付けの難しいところです。
役目を終えた古いキャリーを前に、またあの声が聞こえてきました。
「壊れてないからまだ使える?」
もったいない第二章の始まりです。
グリコおいおい。。。
とりあえず階段下の物置に押し込みましたが、扉を開けるたびに古いキャリーと目が合います。
これが地味に、心の重荷になるのです。
「モノ軸」から「自分軸」へ
断捨離®の提唱者、やましたひでこさんは「自分軸」と「モノ軸」という考え方を説いています。
「モノ軸」で考えれば、世の中のほとんどのモノは「まだ使える」し「いつか使う」ものです。
しかし、関係性が終わったモノに貴重な家のスペースを明け渡すのは、どこか違う。。
グリコなんかモヤモヤするぅ〜
階段下のスペースが塞がれていることは、そのまま自分の心を圧迫していることと同じだと気づきました。
古いキャリーは、先代との思い出も含め、十分にその役割を果たしてくれた。
グリコやっぱり役割を終えたモノはわたしとの(正確に言えば今のにゃんことの)関係性はとうに終わっていたんだな
そう腑に落ちたとき、ようやく自治体の指定ゴミ袋へ収める決心がつきました。
グリコ今までありがとう!さらば!!
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シニアの片付けは「出す」のが先
モノが一つでも減ると、風穴が開くというか、清々しい気分になります。
部屋の空気がふっと軽くなり、そこに新しい風が吹き抜けるような感覚があります。
将来の不透明な不安を「モノ」という形で抱え込んで、今の暮らしを窮屈にする必要はないはずです。
まずは外に出す。スペースを空ける。
シニアの片付けは、場所の優先順位を上げることが、心の健やかさに直結します。
「壊れていないモノを捨てる」のは、私たち世代にとって一番勇気がいることだと思います。
でも、その勇気の先に「心の風通し」があるのだと、スペースのあいた物置を見て実感しています。
将来の不安でモノを溜め込むより、今、この瞬間の心地よさを大切にしたい。そんな風に、軽やかにこれからの暮らしを整えていけたらと思っています。
GWにも関わらず、最後までお読みくださりありがとうございました。
このゴールデンウィークに開けた小さな風穴を、大切に育てていこうと思うグリコでした。



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