自分の葬儀をつらつら考える1 戒名っている???

打ち切り世帯の終活

7月盆の時期なので『終活話』をしばらく続けようと思います。日本の葬儀の8.5割〜9割はいわゆる仏式で執り行われます。そこで必ずセットメニューになるのが『戒名』です。そもそも戒名って必要なんでしょうか?

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戒名ってそもそもなんだ?

ここはWikipediaさんの力を借りましょう♪

戒名とは

戒名は、仏教において、戒を守ることを誓った(受戒した)者に与えられる名前である。仏門に入った証であり、戒律を守る証として与えられる。(中略)日本には、仏教伝来と共に戒名が伝わった。その後、平安時代末期の死生観の変化により、死後に成仏するという思想のもと、故人に戒名を授けて死後の安寧を祈る風習が生まれた(「成仏#日本文化のなかでの「成仏」」を参照)。

Wikipedia戒名より抜粋引用

とありました。

わたし、社寺仏閣は好きなんですが仏門に入った証として授けれれるのであれば、それは違うかな、と言いたい。

どこかの仏教の宗派に属しているかと言えば、いないからです。

(ちなみに婚家は臨済宗です。)

でも日本文化の死生観の変化で死後に成仏する為の?名だったら心情的にはまぁわからんでもないです。

そもそも『成仏する、しない』は死んだ本人が決める事柄だと思うのですがどうなんでしょう?

なので他人の介入はなくていい気もするんですが。。

まして『死後の世界が存在する前提』で話が進められているのもなんだかおかしな話です。

まぁわたしたちは無意識のうちに平安時代末期の末法思想から現代に至るまで『死後の世界観』に絡めとられ、コントロールをされているとも言えます。(爆弾投下発言)

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戒名、檀家制度と家督制度の密接な関係

むか〜しは偉い武将とかいわゆる歴史上の有名人だけが戒名をいただけました。

今のようにパンピー(一般人)に戒名がつけられるようになったのは江戸あたりからです。

檀家制度と密接な関係があります。

ざっくり言っちゃうと、檀家制度はその土地にもれなくついているお寺のメンバーさんになるということ。

この檀家制度、昨日の記事の家督制度と密接な関係にあります。

お家存続のためにお寺とつながると、死後の安寧を約束された先祖供養も出来、且、自分も御先祖様に守ってもらえるという一見おいしいお話です。

ただしメンバーさんになると先祖供養の義務化、戒名は所属したお寺からつけていただくという縛りが出来てエンドレスです。

檀家のお寺を大切にしている方、御先祖様を大切にしている方、茶化しているように感じたらごめんなさい。

結構真面目に書いています。

利点としては寺院の過去帳は各家の累代個人情報のデータベースとしても活躍し、家督制度を盤石なものにするには大変効果的なものでもありました。

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家督制度崩壊とともに檀家制度も崩壊しかし戒名だけ残り続ける不思議

家督制度が崩壊し『〇〇家』という価値基準もかなり廃れて来ました。

故郷には『〇〇家先祖代々の墓』があるものの、核家族が進み檀家を離れて各自共同墓地にお墓をつくるようになったのは高度成長期以降の変化です。

昔は故郷の寺院がつけてくれた戒名ですが今では戒名をいただくルート自体が変化して来ました。

それは葬儀社が手配した全く面識のない寺院のお坊様からつけていただく戒名です。

とおりすがりのお坊様に”故人はこのような人でしたのでそれを表現する戒名で、位号はこのグレードでよろしく”って

そこまでして戒名をつける意味があるのか?

と思ってしまうわたしがいます。。。

葬儀を仏式でやる→戒名必要、仏壇があるから御位牌を置く、→戒名必要、それが令和時代の大きな謎です。

※もちろん従来通り檀家メンバーとしてお寺と繋がっている方も沢山おられるかと思います。(特に西の方は仏教との繋がりが篤いので一概には言えませんし、否定しているものではありません。念のため)

何故そこまでこだわるかと言えばやはり後継なしの『打ち切り世帯』だからです。

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一度当たりと思っていることを疑ってみないか

一番は仏式の葬儀にしなければ戒名問題は一気にクリアします。

仏教が悪いわけでも仏式の葬儀がよくないとも言っていません。

仏壇は本当に必要なのか?御位牌がなければ供養できないのか?そもそも死後の世界があると信じ切っていいのか?

ただそれが当たり前となっていることを一度疑いたいのです。

疑って調べて納得して、そして自分はどうするかを考えたい。

無知だからこそできる力技。

今日は自分だったら戒名は特にいらないな、と考えている墓守娘撲滅の会会長グリコール・グリコが理屈っぽく戒名について語ってしまいました。

特に打ち切り世帯の方のお考えも聞いてみたいです。

コメント

  1. もず より:

    グリコさん
    こんばんは。今日歯医者さんに行くと先生が受付で私の顔を見て「待ってたんだよー。」と言われて、二世帯同居91歳のお母さんの荷物の整理の愚痴を思いっきりしゃべられました(笑)。

    戒名、私は西の人間ですが、このことについて中学生の頃から父とバトってきました(爆)。
    浄土真宗では法名と言いますが、父は京都で生前法名を買ってました。そんなものにお金を払うなら、もっと周りを大切にして困った人に寄付した方が、阿弥陀様も喜ばれるのでは?と大立ち回りを演じました。
    成人してからは、檀家制度についても意見が合わず、皮肉なことに、お寺を認めたのは父が亡くなった翌日です。
    父は檀家総代をしていました。父の死に顔を見て「長いことお寺のためにご尽力下さってありがとうございました。」と頭を下げられた住職を見て、私は素直に、父に活躍の場を与えて下さったことに感謝しました。年寄りに必要な今日行くと今日(の)用。他の方から褒められて、父は嬉しかっただろうと思いました。だからもうお金は払わなくて良かったけど、父がそこまで望むならと、高い金額を出したと思います。(どうせ父のお金だし。)

    しかし、これは父の話で、私自身はこの寺にお世話になるつもりも、もちろんどこででも戒名ももらうつもりはありません。私も自然葬希望です。実家の墓も終いました。
    グリコさんのブログを参考に、酔い止め持って、ピクニック気分でみんなで散骨してねと親戚の若手に伝えてます(笑)。

    グリコさんがお書きになってるように、あまり故人を知らない住職が戒名を付けることは、ままあると思います。ずっと檀家であっても住職の代替わりなどで、こちらの事情を知らないとかよく聞きます。

    ヒートアップしてすみません。

    • グリコール・グリコグリコール・グリコ より:

      こんばんわ、もず様。もず様のコメント待っていましたよ〜♡
      檀家制度って『村』の組織を継続さするにはいい制度だとおもうのですが、今の信仰の自由が認められている現在とちょっと合わないところがありますね。
      家督制度も「家を継ぐ」ところだけ人の意識に残っていたりするので、嫁ぐとその家の宗派に自動入会みたいな形になって齟齬も生みやすいかと思います。
      信仰の自由を認められているはずなのに嫁に行ったというだけでまるっと相手の墓や寺の付き合いまで合わせなければいけないのは今の時代は特に抵抗があると感じます。
      戦後世代は特にそうだと思います。
      お父様の檀家総代は大したものだと思います。生前法名をいただくのは筋金がはいってますね。
      大正末期生まれならではとも思います。わかりみー。
      もちろん「きょう行く・きょう用」の面でも有用感が得られ精神面でも支えになっていたのだろうな、と推測します。
      またそのような立派な檀家総代を持てたお寺さんもたいそう心強く思っていたことと思います。
      しかしそれは父の話、というところがもず様ですねー!うんうん。おおいに同意。
      時代がこうも変わると「墓を継ぐ・家を継ぐ」としても「墓をしまう」としても両方ともかなりの労力とお金がかかりますよね。
      酔い止め必須でやってもらいましょう。あ、外海はピクニック気分にはなりませんので、、、(滝汗)。
      住職の代替わりもあるあるですね。
      そこは「月刊住職」にトピックたててもらいましょう♪
      ちなみに今月号は”住職はどのような車に乗るのがふさわしいのか”という見出しが出ていました。(笑)
      ヒートアップしてどんどん書き込みしてください。ウエルカムでございます。

  2. kaorun より:

    我が家は(実家)浄土真宗です。
    しかし、住職さんも商売っ気がなく、私の両親もそれにのっかり、なぜか毎回1文字の戒名。
    ならいらないんじゃね??と思うのですが。。笑
    なのでお寺にもよるのかもしれませんね。
    実家のお寺なら「すみません。戒名はいらないんですけど」って言えば待ってましたとばかりに了解される気がします。笑笑

    私自身は戒名もお墓もいらないです。
    娘や孫たちが生きている間はたま~に思い出してくれるぐらいで十分です。

    良く考えてみれば戒名って誰のためのものなのか。。。
    死んでから「これこれこういう立派な方でした」みたいなラベル付けをお金を出してやっている???
    ナンセンスな話ですね~。
    興味がないので考えてみたこともありませんでした。笑
    仏壇やお墓に刻み付けてある戒名を知らない人が見て、ふ~ん、すごいねえ、と思う。
    でも私のことを知っている私の大事な人たちは、一応付けておいたよ、ほんとはこんな感じの人じゃなかったけど、って思う。
    う~ん。やっぱり戒名いらないな♪

    • グリコール・グリコグリコール・グリコ より:

      こんにちは、kaorun様。
      戒名や院号は宗派によっても違うみたいですね。浄土真宗だと〇〇釋や〇〇釋尼の〇〇がkaorun様のところはひとつってことですね。
      位号のほんとうの意味合いは今は廃れてしまって、ブランドアイコンていうか死んでからのマウント材料みたいだな〜とわたしも感じます。
      死んでからも『え〜信女なの?うちのおかあさんは大姉よ』なんて言われたらイラッとしますね。(笑)
      でもそういうことを知っている人自体が少なくなって来ているので檀家から離れた都市部の人たちは値段で決めちゃう感じでしょうか。
      kaorun様はエンディングノートを作り始めているので、そこらへんも練り込んでおくと娘さんが楽だと思います。
      葬儀って怒涛でしょ?色々頭がまわらん。
      でもkaorun様らしい戒名を自分で作っておくのもいいかも♡一文字だったら何にします?

  3. あかね より:

    グリコさん こんにちは
    今、私の両親のお墓をお寺から、霊園に引っ越しする事になり、色々面倒な事になってます 戒名もお墓もいらないと思っても、やはり流れで、そのようになり、決まってからは、自分の都合だけではどうにもならず、途方にくれてしまいます 時代もあり、今は選択肢もありますが、父が、亡くなった時は、まだそういう雰囲気では、なかったような…
    夫の実家の先祖代々のお墓と両親のそれは同じお寺で、順番で、両家の墓守は、娘になることが、私の深い深い悩み事でした
    今後のトラブルも考え、言葉は悪いですが、離れてしまおうと決心したところです
    お金のこと、法要のこと、色々ありますが、今は、少し気持ちが、軽くなっているところです
    ゆくゆく私たちもそこに入り、夫の両親も入れば、一番問題が、少ないかなぁ…?
    一生の困り事です…

    • グリコール・グリコグリコール・グリコ より:

      あかね様、こんにちは。墓じまい着手したのですね。お疲れ様でした、色々大変でしたね。
      とりあえず霊園墓地を確保し、ご両親のご遺骨はそこに御引っ越しされた、
      自分は墓も戒名もいらないつもりだったけどそこまでは出来そうもないという段階だと読み取っていいのでしょうか。
      そして第二弾は悪いけど婚家の墓は継ぎませんよ宣言をして後は野となれ山となれといこう、というところなのでしょうか。
      婚家の菩提寺が実家と同じというのがすごいですね。
      それはそれで利点がありそうですが、菩提寺があるということはずっと二つの家の檀家としてあれこれ色々と関わらなければならないですね。
      たしかに娘さんにとって負担があると思います。
      是非、墓守娘撲滅の会に入会してください。(実際はないけど、笑)
      自分たちが生きている間は御墓参りもするけど、お墓の継承は別ですって今は言わなくても婚家両親が没したらそこで区切っていいと思います。
      菩提寺と波風立てないで上手く収めるのなら納骨堂の選択もありかと。
      そこのお寺はもっていませんか?
      かたちを縮小するという方法です。
      娘さんはどう考えていますか?一度意見を聞いたほうがいいかもしれませんね。
      二つとも面倒みるよ!というのならその分の費用を残すなんていう方法もあるし。
      今の多死社会・高齢化の問題はお寺にも少なからず影響を与えているので、柔軟に対応していただけるのではないかとも思います。
      ひとりで悶々とせず、ご家族ともよく話し合ってみてくださいね。。。