久しぶりの終活話。自分の机の引き出しの整理を、、と思って引き出しを開けたら、奥にやろうやろうと思ってそのままになっていたひとめ刺しのフキンがまだあったのでした。(滝汗)残り2つなんですがずっと気持ちが乗らなくてそのまま。実母の未完の作品で懲りていたのに、自分が残してどうする、、ってことでやり始めたグリコール・グリコです。
チクチク手仕事、ノリノリ時期はとうに過ぎる。。
仕事を辞めてしばらくはいくつか手仕事を趣味にしていました。
しかしある時からパタリと手が止まりました。
老眼が進んだからです。
50歳前半までは”つくろう!”の波に乗ると、下手の横好きでも寝食を忘れるほどのめり込んで制作に励んだものです。
ところが目が疲れる時間が早まると同時に根気も無くなりました。
実母は60過ぎて日本刺繍を始めたと思うのですが、わたしはそれよりずっと早い手仕事からの卒業でした。
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趣味はやらなくなった時点で片付けてしまうが吉
実母の日本刺繍の未完成の作品をなんとか形にした話がこちら。↓
ポジャギの先生のおかげでやっと完成した作品です。
本当にこの時は胸の支えが落ちました。
もうこういうことがないようにしようと私もせっせとやらなくなった道具を始末し、未完の作品を一つ完成させたのが昨年のことでした。
刺し子のふきん作り、実母と同じ事をしていた自分に驚愕
まだノリノリの気力があった頃、実母が枠だけ刺したままで残っていたサラシの布巾が一つ残っていました。
それを完成させようと我流でチクチクをした時、なぜか根拠のない自信が湧きフェリシモさんでひとめ刺し布巾を購入して制作を進めました。
その時の気持ちは『娘チョコの旅立ちのときにひとめ刺し布巾をプレゼントしよう。』
というものでした。
でもですね、それは愛情の押し売りではなかろうかと。
そう分かったのは実母も同じように私に手縫いの布巾を持たせたからでした。
箸を洗って水分を拭き取ってから乾かす時だけに使うので、30年経った今でも使えます。
分かっているのですが、ボロにならないので捨てられないのでした。(泣)
この手縫いの布巾、実母の愛情の証拠品でもあり、私への愛着の証拠品でもあるのです。
私もずいぶん実母のモノを捨てたとはいえ、未だこうして実母の思いに絡めとられている自分を発見して驚愕。
同じ事を娘チョコにしようとしているの?私???
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手縫いの布巾、愛情の押し付けは止める
手縫いの布巾、貰えばそれなりに嬉しいかもしれません。
けれど『愛情や愛着の証拠品』を押し付けられる身になれば、たとえ布巾でも処分する時に気が重くなるでしょう。
それに気がついたのでひとめ刺し布巾は終活の一つとしてとにかく未完の品をなくす、そして出来たモノは自分のこれからの時間で使おうと決めました。
娘チョコは独立するときに自分の好きな布巾を自分で選べばいいのです。
何も私が用意する必要はない。
あっぶねー、親子はどこまで似るんでしょう、実母と同じテツを危うく踏むところだったー、反省反省。。。
学んでいるようで学んでない私。(滝汗)
自分の縫った布巾を使い始めれば、実母の布巾ともひとつ一つお別れできる日も来るでしょう。
自分のこれからのためにも形の思い出は少なくしていこうっと。
というわけでしょぼつく目でやりかけのひとめ刺しを再開しましたよ。
コメント
コメント一覧 (2件)
いや~、素敵ですよ♪全部。
そんなに深く考えなくても~、と思いました。
ま、こういうありがたいもの一個もない私が言うのもなんですが。笑
でもほんと、素敵♪
こんばんわ、kaorun様。素敵にかかるものがどっちなのか悩みました。
両方なんすか???(笑)
実母のチクチクは目が細かくてねーフェリシモさんのはひとめ刺しだからチクチクが大きいのです。
老眼にはいいけれど。。
ありがたいっぽいのが厄介なんすよ。(汗)捨てる時罪悪感がともなうので。。。(泣)。
愛情の押し付けにならないように自分で使うことにしま〜すV
とにかく早く終わらせようっと。