さよなら思い出。絞り込んだ実母のモノ。もう空で何があるか言えまっせ。

お・や・か・た

これを最後にしたい、実母のものシリーズ。自分の心に刺さった小さなトゲを抜くように時間をかけて『お・や・か・た』をして来たグリコール・グリコです。着物は早い段階で処分できたのですが、あとちょっとだけあるんですよね、実母のモノが。。

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踏ん切りがつかなかった実母のモノ”ラスボス”数点

どうでも良いようなものでも、残ってしまうのが故人ゆかりの品。

今回はかなり自分の気持ちの中に変化が出て、今後も絶対使わないよね、とラスボスを思い切って処分しました。

先週のお片づけ番組で母と娘の闇も覗き、私も実母から卒業しよう!と思えたのです。

やましたひでこさんが、『今というのは選択と決断の結果』というアドバイスをされていました。それが刺さったなー。

居なくなって何年になる?

もう、とうに実母はこの世に居ないんだ、私の選択と決断でこれからの時間を進めるんだ、と思うとモヤモヤしながら残していた実母ゆかりの数点を手放す事ができました。

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モヤモヤの正体、こういうのに弱かった、、実母の手仕事作品

レース編みのテーブルセンター。私には絶対できない手仕事なのでずっと取っておいたのですが、久しぶりに出したら糸自体弱くなているし、何より黄ばみが出ている。

そしてこれを今後私が使うか、、というと絶対使わない。

今回は踏ん切りがつき、キッパリ衣類ゴミに入れられました。ありがとう、さらば。

こういうものって、本当に時間薬が必要ですね。。長かったー。

実母の手仕事は未完の作品が完成した刺繍作品を一つだけ残してあるので、この刺繍作品は思い出ではなく、私の宝物にしよう。
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モヤモヤの正体2 決断しにくかった未使用の作家モノ作品

アイキャッチのところに藍染の作品が3点一緒に写っているのですが、実母が購入した藍染作家さんの作品です。

作家モノ、しかも和紙に包まれたまま未使用。

でも今後使うか、と自分に問えばやっぱり使わないのです。

これはNPOのショップに寄付します。実母の目を楽しませてくれたんだよね、ありがとう、さらば。

モノは大切にしすぎてしまっておいても意味はない。使ってこそモノ。
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モヤモヤの正体3 いつか使えるかも?と決断を伸ばしたレトロな古道具

骨董、、まで行かない古道具。

これも実母が持っていた乾物瓶です。昔スーパーの店員さんから譲ってもらったって言っていたのを今でも覚えています。

実母はコレに毛糸とか入れて眺めたかったのかな?

私も何か入れて使いたいな、と思って引っ越してもずーーーっと一緒に居ました。

けれど一緒にいても結局収納スペースの端に押し込められて、日の目を見ない。

更に地震のことを考えるとガラスそのものを飾る勇気がありませんでした。

で、再度自分に尋ねてみると、見る分にはガラスの歪みがちょっと愛おしいけれど、使うかって言われれば、やっぱり使わないー。

コレも決断してお別れすることにしました。

今まで一緒にいてくれて本当にありがとう〜、さらば。

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モヤモヤする実母ゆかりの品から卒業するとものすごく気が楽に

モヤモヤしながら残したものを片付け&処分しただけでかなり気持ちが楽になりました。

他の人が見れば、なんてことないモノなんですけどね。こんなガラクタに引っかかっていたの?と言われそう。。でも足を取られていたんですよー。

逆に残したものは私の宝物になりました

最終的に実母のもので残したものは

ブローチ2、刺繍作品1、織部の焼き物1、パーコレーター、実母が働いていた時の社員名簿、ヒビが入って直したがっていた湯のみ1

ブローチは現在目につくところに着けてあるし、織部の焼き物はコレから使います。

パーコレーターは現役バリバリ活動中、刺繍作品は額装だな。あと湯のみを金継ぎに出して私が使うようにすればどれも現役で活動できます。

社員名簿は、、めくると石原裕次郎さん、浅丘ルリ子さんなどの名前があり、見てて楽しいのでもうちょっと残しておきますぜ。

残したものはどれも高価なものではありません。どちらかというと実用的なものがほとんどです。

でも、それが良いかな。
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実母からの解放

亡くなってからも実母の顔色を伺っていたんでしょうか。闇深いっすね。。私は実母が存在した証拠品が手放せなかったんですね、きっと。

そして今でも薄っすら実母が私を絡め取っているのも感じています。うひゃぁ〜

(そんなこんなもあって海洋葬、、)

しかし『宝物です』と宣言したモノも数年経てばまた自分の捉え方も変わってくるであろうことも同時に感じています。

実母は実際言いました。

モノが残らなくても血が残れば良いと。
コレが一番怖いんですけどーーーーーーー(汗、汗)

まぁ、とにかくコレで実母のアレコレ一に終止符が打てました。良かったですぅ〜

コメント

  1. kaorun より:

    前回の断捨離の記事を読んで、しみじみとグリコさんの気持ちが分かりましたよ~。

    あ~、こういう感じか。。。って。

    私の母親は残す物もないですが、私に対して殆ど執着はなく、何かを買ってきたことなど一度もないと思います。
    それはそれでどうなんだ、と思いますが確かに精神的には楽ですね。
    片付けもなんの躊躇もなくポンポン捨てられると思いますよ。笑
    いやいや、ほんとに。
    それもどうなんだ。。。笑

    • グリコール・グリコ グリコール・グリコ より:

      こんにちは、kaorun様。いつも構ってくれてありがとうです(笑)。
      私の母は高年齢出産だったので、(昔話でおじいさんとおばあさんのところに突然赤ちゃんが来るあのイメージ)殊の外愛情を注いでくれたというか、、
      自分の母親が外に出ていて自分が寂しい思いをした分、自分が母親になったら手仕事(編み物や刺繍)をして子供のそばにいて寂しい思いをさせないようにしようと思ったそうです。
      その反動もあって私はまた働く女になったんですが、、
      20代の頃に岸田秀さんの『ものぐさ人間学(心理学)?』を読んで、
      岸田先生がある時まで母親の写真を見るだけで泣けて泣けてしょうがなかったのが、何かのきっかけで「親の愛着に絡め取られていたんだ!』とわかり、
      ”その瞬間その呪縛から覚めて両親の写真を捨てた”という内容がすごく印象深かったです。
      内容は正確ではないかもしれませんが、そこから私も母の愛情を執着では?と疑うようになりました。
      一族愛がものすごい人だったので、、、
      kaorun様のように早くから親元を離れ、物理的距離感があるとお互い自立した大人でいられるのだと思います。

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