親の家は片付いた4 堆積した家の地層をはがす。新居に移ってからも続く片付け。

お・や・か・た

こんにちは、物離れがいい方になったグリコール・グリコです。
物離れがいいのはどちらかというと「女性」の方かもしれません。
我が家に関して言えばそうです。
女性は「嫁ぐ」という強制リセットが生じるので否が応でも自分の生活をゼロスタートし始めるからかもしれません。
(元々”月のもの”もからだのリセット機能ですしね。)

今回はいよいよ新しい容れ物に入ってからの義理両親の様子と感じたことを書きたいと思います。

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フレキシブルな義理母と膠着したママの義理父

我が義理母が特殊&スーパー柔軟性回路の持ち主なのかもしれないが「新しい土地に暮らす」期待と好奇心の方が強く、どうしたらいいのーというカオスの納戸(義理母の桐の箪笥2、引き出し箪笥1その他の所有物全て)は、そうと決まれば「いらない〜」とあっさり手放した。
どちらかというと「処分の仕方がわからないからとっておいたの」というものが多かった。
(それと兄弟姉妹の中で「家を継ぐ」という立ち位置になかったというのも影響していると思う。)

対して男性は、過ぎ行く方に囚われる傾向が強いように感じる。

「責任」とか「引き継ぎ」とか「足跡」が気になるからだろうか。

義理父はそれ+本来の「もったいない性分」が合わさってモノ離れの決断が鈍った。

特に義理父管轄の秘境の物置はある時点までは活躍していたモノ(車のメンテナンス類、大工道具)が多かったので時が止まった時点(自分で率先して動かなくなった時)から『とりあえずおいておこう』の魔窟と化していた。

(義理父の名誉のために言っておくが、まめに使って居た時は整理整頓がゆき届き、どこに何があるか一目見てわかるように理路整然と整理されて居た。)
しかしながら引越しの期日は決定し、義理両親の家の処分も決まったので「取り敢えず要る」と主張した義理父が差配したモノをダンボールに詰めるしかなかった。

処分したもの、持ってきたもの

食器の一部、家事道具、箪笥類(複数)、冷蔵庫、洗濯機、TV,義理父手作りの家具、文机、電話台。

物置、大型のモノは業者に撤去を頼みいざ引越しとなった。
堆積した「家の地層」をブルトーザーで荒く削り、その地層の「多分あまり要らないもの」をそのまま新居に運んだ。

新居でも義理父の精査の日々は続き毎日シュレッターがけが義理父母の仕事となった。(汗)
それほどいっぺんでは片付かないことが多かったのである。

気持ちの切り替えの難しさと加齢による判断低下

引越しと同時に新居には新しい家電が入り、まだ荷解きが全て終わって居ない中での生活が始まった。

引越し業者に預けて居た我が家のモノも、いざ持ち込むととんでもない量になり、これは大変!と多過ぎる自分たちの荷物を改めて福祉施設にバザー用に放出した。

もちろん義理両親の持ち物の精査は続いて居た。

本当はそのままにしておきたかったのかもしれない。

けれどスペースが限られて居て出さなければやっていけない状態だった。

過去の遺物の精査は側で見ていても判断力の低下なのか過去に対する執着なのかわからない時があった。
気持ちの切り替えの難しさを痛感した。

歳をとってから新天地への順応はかなり気力・体力がいったと思う。
道ひとつ覚えるのも新しいことだらけなので順応するまでが大変だった。
新居に入ってからも3世帯のモノが1世帯に落ち着くまでまだまだ続いた。
あちゃー。

自分が老人になったからでは遅い!と気付く!

「気持ちよく暮らすためには、先のことを視野に入れつつ、今までを更に清算しないとだめだ」という新しい視点が私の中にプラスされた。

続きます。。

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