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年賀状、来たら出すという消極的削減を実行していた

12月に入ると年賀状のことが頭をよぎるようになりますね。どんなデザインにしようか、どんな文言にしようか。いよいよシニアに突入、この数年『年賀状は来たら出す』という消極的な年賀状削減をしています。

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目次

年賀状のそもそもの意味は?

日本にははっきりとはしないが奈良時代から新年の年始回りという年始のあいさつをする行事があり、平安時代には貴族や公家にもその風習が広まってあいさつが行えないような遠方などの人への年始回りに代わるものとして文書による年始あいさつが行われるようになった。

(wikipediaから一部抜粋、引用)

挨拶回りが書面化したものなのね〜。

年賀状、昔はオリジナリティを追求して力が入ったけど、、

市販の柄ではなく、自分の考えた絵柄で出す事に萌えていました。

もらった相手がヒョエ〜っとなったらいいな、と思って。

その唯一無二感に年末の全てをかけていました。(ヒマだったのね、、汗)

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年賀状の現状

年賀状の枚数で社会の中での自己の存在感を確認する事に疑問が

若い時はこんなに年賀状が来た!嬉しい!と、数=社会での自分の認知度を図っていた面もあったように思います。

習い事をしていた時に、あるマダムからこんなことを聞きました。

うちのダンナ、退職してからも年賀状にはすごくこだわって未だに200枚以上は出すの。毎年枚数をチェックしてなんだか嫌になっちゃう。

男アルアルですね。

定年退職後、社会と繋がるのは年賀状のみ。

年賀状が来る=忘れられてない俺、みたいな。

その話を聞いて一気に気持ちが冷めました。。

グリコ

自己承認欲求のために義理年賀状は出すのやめようと。

年上の方へのご挨拶

一応義理を欠いては失礼になるので、最低限の範囲では続けています。

しかし「喪中」がきっかけで途切れることも多くなって来ました。

遠方に住んでいる友人

互いの安否確認。これに尽きます。

最近は年内の喪中ハガキが増えてきました。

年齢的なこともあり、これがきっかけでフェイドアウトも大有りです。

元旦配達にこだわらない派です

多分私だからそうなのでしょう。

他の人はこだわるのかな?元旦に届かないと失礼なんでしょうか?

むしろ元旦に合わせた両面全部プリントの年賀状、義務感ダダ漏れで、逆に申し訳なく思っちゃいます。

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年賀状がフェイドアウトしていく理由

宛名・住所管理がしんどい

以前は年賀状ソフトで住所を管理していました。

転居した方が必ず何人かいますよね。

転居通知のハガキが送られてきた時点で住所管理のソフトを開けて、変更しとけば問題ないのですがそれを怠る。

転送されればいいのですがその期間も過ぎていると戻ってきます。。

また、出したけど来なかった人を削除したり、出さなかったのにきた人を又住所録に再登録するのがしんどくなりました。

そして年に一回使う住所管理のためのソフト自体が古くなって使えないという事も起きます。

実際義理父は生前、”自分が死んだらこの住所録ソフトの中にある人たちへ連絡して欲しい”とエンディングノートに記載していましたがソフト自体が古く開くことができませんでした。(汗)

そういう事例もあるので、今では住所管理ソフトを使わず届いた年賀状を見ながら手書きで宛名・住所を書くようにしています。

年賀状、無駄に一筆手書きの文を入れるので力尽きる、、

ただ印刷しただけの年賀状って味気ないので、必ず手書きで一文入れます。

このこだわりが自分の首を絞めています。分かってはいるんですが。。

宛名も手書きなので老眼には厳しい作業です。

今は親が兄弟が、、の喪中ハガキだけれど

今は親が、兄弟が、、の喪中はがきですが、同年代が亡くなったのを知る世代に突入すると衝撃が大きいです。

義理父も最晩年は

友人はみんな死んで自分だけになっちゃった、、

と嘆いていました。

自分だけ長生きしちゃったことを知るのがこわい。。かな?

近未来を想像しちゃいます。

年賀状、もらった後のハガキの処分が、、

私は1年だけ置いて、次の年が来ると全てシュレッターしています。

このハガキの処分を怠るとヤバイ事になります。

写真付きのハガキでも問答無用でシュレッター。

個人情報の取り扱いも厳しいし、紙の処分は溜まると結構な手間になるのであなどれません。

通信手段が劇的に変化した

後期高齢者宛は昔通りお手紙や電話が喜ばれます。

それ以降の世代はレスポンスの早いネットを介してのやりとりのほうが負担感がなく喜ばれる傾向があります。

電子系のやりとり(メール・SNS・LINE等)の方が安否確認もしやすいのでそっちにシフトしちゃっています。

わたしは異国在住の友人がそこそこいるので、電子メールでのやりとりのほうが双方に負担が少なく助かっています。

電子メールで添付される異国の綺麗な写真、それを見るだけでもこころウキウキです。

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ほぼほぼ年賀状をディスりましたが

おせち料理と同じで年賀状を送る労力に負担を感じていない人はこれからも出せばいいし、否定はしません。

コロナ禍であえての「手紙」で想いを伝えるもよし、しないもよし。

グリコ

人それぞれ。

近年の私は年賀状に意欲や意義、自己承認欲を求めないので、まずはやんわりと『来たら出す』方式で枚数を減らしていったこの数年。

その後の変化についてはこちらを↓。

QRコード付き、良かったです!

逆に懇親が深まったりしました。(笑)

今年は「喪中」はがきとなったので、来年以降年賀はがきの数が更に激減すると思われます。

「喪中」はがきも宛名を管理したり、手書きをするのがしんどかったです。(汗)

本日は以前の記事を修正しながら年賀状について振り返ってみたグリコール・グリコでした。

今日も最後までお読みくださりありがとうございました。

さ、参加してたりします。。

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