CDプレーヤーを外したら部屋がスッキリしました。あとは燃えないゴミの日が来るのを待つだけです。今、手放すCDが本部屋に積まれています。更によく考え手元に残すCDは3枚のみにしたグリコール・グリコです。
CDプレーヤーを外すだけでも部屋がスッキリ
小さなCDプレイヤーですがそれがなくなっただけでも部屋がスッキリしました。
そうなると覚悟も決まってきて残しておいたCD15枚も多い気がして見直しました。。
CD15枚を更に削り込むことに 基準は廃盤か否か
手放すCDに娘のものが入っていないかチェックを兼ねて見てもらいました。
案の定夫シンジさんのCDと思っていたものが5~6枚紛れ込んでいました(汗)。
”ああ、これドイツのグループ、もう廃盤で手に入らないんだよ、これも!”を救出する娘チョコ。
娘チョコのPCはまだCDが入る古いタイプ、そろそろ買い替えるタイミングなのでこれを機会に読み込むそうです。
それを聞いてわたしも音を残しておきたい7枚を読み込み依頼をし、廃盤の3枚を自分のお宝にして他は手放すことにしました。
残しておいたCDもダウンロードしようと思えば出来るものがあり、あまり執着しなくても良さそうな気がしてきました。
『また手に入れることができる』という確証があれば気持ちも緩みます。
これでCDは15枚からいっきに3枚となりました。
そして壁に掛けてあったスピーカーも外しました。
なんか壁が広くなりましたよ。
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一番の核は何か?大学の時の教授の話をふと思い出す
ふと思い出した大学の教授の読書法。
その教授の読書法は独特なものでした。
だがら一つの本でも自分が読了となるまで何年もかかるそうです。
学生の頃はその話を聞いて”ええ?そこまでするの?”とただ驚き、けれど本のエッセンスを抽出する作業は妙に印象深く頭の片隅に残っていました。
30年以上時間を経てそのことが浮かび上がり、わたしは今本当に自分の好きを抽出する作業をしているんだなぁ。。と思いました。
『自分の好きの核』は何か。
それがわかっていれば本でも服でも音楽でもブレずに選べる。
これからはその『好きの核』を見極められるように生きていこう。
そう思ったらブレまくっているものをさっさと手放したくなりましたよん♪
夫はというと、自炊したCDは相変わらず村下孝蔵・さだまさし・加山雄三は外していなくて(MD時代も同じものをコピーしていた)ブレねぇなぁこいつ、、と思いました(笑)。
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死んだら何一つ持っていかれない事実も今からわかっておこう(自戒)
片付けをする時ってちょっと先の未来も考えちゃって判断がブレるんですが、究極の未来(死)を考えると景色が一変して全部要らなくなります。
その事実、分かっているもののザックリ削ぎ落とせないことも多いです。
でーもアラ還以降になると究極の未来もうっすら見えるので、今から予行演習のつもりで身綺麗を心掛けようと自戒しました。
やってきたつもりですがどれも『好きの核』ばかりかというとそうでもないあちらこちら。(汗)
実両親の思い出の品はほぼ『核』までたどり着いたので、これからは自分の『好きの核』を怯まず絞ろうっと。
明日死ぬと思ったら要らないものばかりだなぁ。。
なんて気もしだして、その後机の中の紙類を見直してシュレッターにかけたり、ノートを廃棄したりし始めました。
今日は昨日と打って変わってどんよりな曇りの日。
せめて気持ちはスッキリと。
アラ還以降の皆さんはいかがお過ごしでしょうか。
段々忘れっぽくもなりますから今から自分が手に負えるだけの荷物にしたいですね。
もちろん、モノだけでなく事柄や人間関係も。
収束する時間のなかでストレスフリーな関係性を構築したいですね。
本日も最後までお読みいただきありがとうございました〜。
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