葬儀を行なって自分が感じたこと、葬儀後のこと

お・や・か・た

今回は葬儀を行なって自分が感じたことや葬儀後のことを書こうと思います。

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葬儀ってもちろん故人ファーストだけど残された人たちも色々思いを馳せる場だ

葬儀って故人ファーストで生前に思いを馳せながら残されたものが心を尽くす場でもあると同時に、細かな手順(納棺の儀や枕団子、戒名、釘打ち等)を挟みながら段階を経てその死を受け入れていく儀式でもあるなと思いました。

1日葬や速攻火葬式もあるけれど、どこかでケリをつけるグリーフワークは必要だなと感じています。

今までわたしは”グリーフワーク”はあまり念頭に置いていませんでした。

そこをすっ飛ばすと後から葬儀を執り行った人が大きな喪失感を抱えることになるので今後の課題だなとも思いました。

あと死んでまであれこれ指図するのも良くないな、準備はするもののある程度”あとはおまかせ”の余白も必要だとやや考えを軌道修正をしました。

しかし立つ鳥跡を濁さずの精神は変わらないので生前から持ち物の精査はこれからも続けようと思いを新たにしました。

喪主も今までのことこれからのことを考える 喪主挨拶

喪主であった夫は喪主の挨拶の中で”自分も言葉を荒げるような時もあったがこの写真は誕生日ギフトを渡した時のショットで本当に嬉しそうに写っていて、この笑顔をみるともっと色々言葉で伝えれば良かった”的なことを話していました。

そして”日頃自分は無口な方だがこれからはもしかしたら伝え方は間違うかもしれないけれど色々話をするようにしようと思う”という内容で締めており前半が反省と後悔、後半がこれから自分が意識していこうという決意を吐露していました。

そのような挨拶を聞きながら人は場面場面で学びを受け取ることができるんだなぁ、、と感慨深く挨拶を聞くことが出来ましたぜ。

喪主挨拶ひとつとっても聞く側の感想は違う

実際介護を経験した歳の離れた従姉妹夫婦は”全部綺麗事で話すのではなくありのままを正直に話すのがとっても胸に響いた、、”といい、義理兄は”お袋ってそんなに大変だったの?”と聞いてきました。

なんでもそうだと思いますが体験と経験は上記の言葉を聞いても受け取る内容が違います。

自分に引き寄せて考えてみる想像力の深さが違うのです。

葬儀が自分ごととして近くなる団塊世代

通夜・告別式とも参列してくれた歳が離れた従姉妹夫婦&その子供達。

特に団塊の世代の従姉妹夫婦は次は自分達、、さてどうしようと思いを巡らしたようです。

とくにおじさんは”実家は浄土真宗だけどぼくは五男坊だし、財産もないから葬式も簡単で墓もいらないなぁ”といっていました。

ただ長男・次女には葬儀の場があまりないので見聞を広げる意味でも参加させてもらったよと言われました。

確かに多死社会になりましたが、昔と違い2世帯同居や3世帯同居は少ないです。

「死」に直面する場が離れたことでいざとなったらどうするか、どう動くかは見えづらく想像しにくいのが現状です。

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葬儀をするであろう次の立場の人間も色々感じるところがあったらしい

おじさんの娘は”お父さんもお母さんも葬儀の準備をするにも服を着るのもワタワタしててなんか老いたなぁ〜って思った、、そして最近スーツなんて着てないから全然似合わない!”と言っていました。(笑)

”わたしたちに出来ることは協力しましょうよって言ってたよ、そんな両親が私は好きなんだ”ともいっていて若い時は相反していた時もあった次女もすっかり大人になったのを感じました。

葬儀というイベントで自分の親の姿を見てはちょっと寂しくなりでも感謝の気持ちが湧くというのは良い機会だったなぁ〜と思いました。

次は自分がしっかりしなければ、、とちょっと慌てていたのが義理兄の長男でした。

あとから聞いたのですが夫と娘にさかんに”葬儀ってどうやるのですか?”と尋ねていたそうです。

参列だけではわからない裏事情を知りたかったのでしょう。

まぁ彼が喪主になるにはあと20~30年も先なのでその時代にあった葬儀がまた出てくると思います。

そう考えると

葬儀は忌み嫌うものではなく参列者それぞれがこれからを考える故人からの目に見えないギフトなんだな、と思いました。

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お通夜で顔を合わせた途端涙腺崩壊だったのが長年面倒を見てくださったヘルパーさん

義理母つうさんは移動介護で全額自己負担のヘルパーさんを頼んでいました。

お付き合いも9年近いです。

全額自己負担なのでここから先はこのサービスは使えない、、ということもなくかなり融通がききました。

わたしたちも遠くの親戚より近くのヘルパーSさん、、というくらい親しい間柄になりました。

そんなヘルパーSさん、義理母が亡くなった旨を伝えるとせめてお通夜に、、と来て下さったのです。

娘が受付をしていたのでSさんの姿を目にするとブワッと二人で泣いていました。

Sさんは義理母つうさんの顔を見て”どこに桜を見に行こうかと計画してたのに、、”と言ってまたまた泣いてくれました。

葬儀後リハ友さんが弔問に来てくれたのが嬉しかった出来事

義理母つうさんはコロナ前は月に一回リハビリで出来たお友達と映画を見に行ったりお茶を飲んでおしゃべりをするのが楽しみとなっていました。

メールで連絡を取っていたもののこのコロナ禍でこの二年ですっかり友活が無くなっていました。

義理母のケータイも今月末で解約するつもりなのでリハ友さんに連絡をするとなんとわざわざ我が家まで弔問しに来てくれたのです。

弔問の花
リハ友さんからお花

リハ友さんは義理母よりずっと若くビックラポンでしたが、(実はわたしより若い方もいた、汗)

つうさんはこんな風に歳を重ねていきたいというモデルでもありました。

と言われ、最期まで人の中に居ることが出来て良かった、その死を純粋に悼んでくれる人がいて良かったと心から思いました。。

リハ友さんたちも今年こそなんとか桜を見に行こうね、そのためにはどうすれば良いんだろう?と考えていたそうです。

高齢でじいじが居ない10年でしたが義理母の人生は色々な方が関わり合いを持ってくれて一人じゃない人生を歩めたんだ、、と思うと感慨深いです。

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最期まで人の中に居た義理母つうさんから人との関わりの重要性を学ぶ

この『人の中で生きる』というのはこれからのわたしの大きな課題です。

なんせどちらかというと一人の方が気楽なので、現在リアル友もほぼいないです。(でも困っても居ないし、寂しいとも思わないです。)

わたしもつうさんのようにありたいなぁ、、と思いつつも、、出来るのかな?とも思います。

これからの20年をどう生きるか、どう人との関わりを持つかが多分わたしの学びであり課題なんだと思います。

今日は葬儀の総括めいた内容になりました。義理母の見えないギフトを胸に抱きながら精進できれば良いなと思うグリコール・グリコでした。

本日も最期までお読みいただきありがとうございました。

朝、美味しい煎茶を義理母つうさんに淹れています。この頃丸い3Dな奥深いお茶が出せるようになってきましたよ〜。

コメント

  1. LEE より:

    おはようございます、グリコ様

    お義母様のご逝去にお悔やみ申し上げます。そしてグリコ様も本当にお疲れ様でした。

    おつう様の緊急入院から旅立ち、お葬儀での想い、ゆっくり読ませていただきました。

    様々な場面での細やかななさりように、読んでいる私までグッときてしまいましたよ。川の向こう側で「ぐりちゃん、ありがとね〜」と笑顔で手を振っているおつう様の姿が目に浮かびます。きっとあちら側のお友達にも盛大な嫁自慢をしているに違いありません。

    葬儀のあれこれ、49日や一周忌などの法要などは残された者が少しずつ悲しみを乗り越えていくための区切りの儀式なのですね。

    親の見送りは未体験ゾーンな私にとって、今回の「旅立ちシリーズ(勝手に命名)は色々と考えさせられてることが多いものでした。書きにくいであろうことも、淡々と伝えて下さるところがさすがグリコ様。後ろを歩く者にはとても有り難いことです。

    長くなってしまい申し訳ありません。まだまだ慌ただしい日が続くことと思いますが、どうぞお疲れの出ませぬよう…。

    • グリコール・グリコグリコール・グリコ より:

      返事が遅くなりました、こんばんわLEE様。
      今回の『旅立ちシリーズ』(命名してくださってありがとうです)読んだ人は逆に気を遣われてコメントしづらいだろうな〜と思いつつ、、、
      それでもお心を寄せてコメントを下さり感謝しています。ありがとうです。また義理母にもお悔やみの言葉ありがとうございます。
      自分の人生1/3を使った介護ももう終わりです。長かったようで終わればあっという間、、かな???
      コロナ禍でショートカット出来たところはこれからの葬儀にも反映されるのかな?と思います。
      土地土地で慣習の差などはあると思いますが、、、
      旅立ちシリーズは第二章おやかた編に続くので懲りずに読みに来てください。

  2. Kaorun より:

    グリコさん。
    お疲れ様でした。

    グリコさんとお知り合いになったのはつうさんの介護が始まってどれくらい経ってからのことだったのでしょうか。
    何年もこのブログを通してそのお姿を拝見してきました。
    いつも一生懸命で、お義母さんを大事にされていて。。。
    さて、自分はこれから始まりますがグリコさんのようにできるのやら否や。
    (多分できません。笑)
    分からないことがあったら教えてくださいね。

    旦那様の挨拶も、ヘルパーさんの話も、読んでいるだけで涙がじわり。
    死にざまが生きざまだとよく言われるけれど、つうさんのお人柄も良く分かり、お目にかかったこともないご家族なのにまるでその場にいるような気分になりました。
    葬儀の大切さも身に沁みました。
    もうちょっと真剣に考えてみますね。

    ご愁傷さまでした。
    そしてお疲れ様でした。
    なかなかゆっくりもできないかもしれないけど、時間を見つけてできるだけお休みくださいね。

    • グリコール・グリコグリコール・グリコ より:

      こんばんわ、kaorun様。そうですね、いつ頃からかしらん。。いつも一生懸命に映っていたらそれは騙されてますよ(笑)。
      そちらも大変な中こちらこそじーんとくるコメントありがとうございます。
      そうですね、今回のことでちょっとわたしも軌道修正がありました。
      義理母には人の中に居て欲しかったのでなんとかそれが出来たのはギリセーフって思います。
      kaorun様もライトなようで情が深いので義理母様のお世話(含む遠距離運転)でお疲れが出ませんように。
      気持ちに沿った優しい言葉ありがとうございました。

  3. ブラン より:

    本当にお疲れ様でした。
    家族の旅立ちは寂しいものですが、皆様がおっしゃるように嫁自慢している笑顔の美しいお義母さんの姿が目に浮かびます。

    ゆっくりとグリコさんの新しい船出が始まりますね。
    ご両親と義両親様を心尽くして見送ったグリコさんを大きな力で支えて応援し続けてくれることと思います。
    私たちも応援しています☆

    • グリコール・グリコグリコール・グリコ より:

      皆様のお疲れ様でしたの言葉がどんなに嬉しいか。。ありがとうございます、ブラン様。
      そしていつも励ましのコメントありがとうございます。
      そうかぁ、わたしの新しい船出かぁ。。。
      そう考えるとまた新しい何かとの出会いにこころをわくわくさせることも出来ますね。
      守ってくれているかどうかは謎ですが、4人それぞれから見えないギフトは頂いたので後は自分の中で熟成成長させられたらいいな、と思います。
      人間の深みも出るといいんですが、まだまだ頭の中はお花畑のままで(笑)。
      これからもよろしくです。いつもそっと花を置くようなコメントありがとうです。