東日本大震災から9年目を迎えます。お年寄りが戦争を忘れないのと同じで、私は一生この大震災を忘れないと思います。
自分の人生のターニングポイントになった東日本大震災
あの日、震災後の現状が分かるにつけ、なんでだよ、、なんでこんなことが起こるんだよ、、と怒りと悲しみで一杯になりました。
計画停電、ひっそりとした街中、モノがないドラッグストア、灯油を買う長い列。。
そして人生観すらも揺さぶられました。
そこからがらんと生き方自体が変わりました。
震災がなければ、きっと義理両親との同居もなかったでしょうし、引っ越しも考えなかった。
ましてや片付けや掃除に意識がいかず、『暮らし』と向き合うこともなかったと思います。。
同時に防災意識も芽生えました。
自然災害は人ごとではない。
暮らしの規模を小さくしたっていいじゃないか
今、コロナウイルスで9年前と同じような状況が小規模では有りますが展開されています。
マスクやアルコール、トイレットペーパーが無いドラッグストア。
街に出るとあの時の節電と同じようにトイレの『ハンドドライヤー』が現在使用不可になっていました。
理由こそ違いますが、トイレで手を乾かすあの『ハンドドライヤー』が使えない。
でも、元々ハンカチを出して手を拭けばいいことなので、いっそのこと無くして仕舞えばいいのにな、、と思います。
何でもかんでも便利にしなくても、小さくしてちょっと不便な暮らしで良しとした方が良い。
マスクの件でもそうですが、布でいいならハンカチ常備と同じくらいに布マスクを使えばいいのです。

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東日本大震災から9年、福島の今
潤沢な電気消費の裏側にはまだ復興さえできない場所もあります。
(昨年行った時は富岡で降り、レンタカーで国道6号線を北に遡上したのです。)

帰宅困難地区はまだ有ります。(写真は国道6号線から)

この時はまだ入れなかった夜ノ森地区ですが3/10に帰宅困難地区が一部解除されました。
常磐線も九年ぶりに3/14より全線開通になりました。
これからの日本に、地球に出来る事を考えて暮らす
主婦でボンクラのオバハンである私に出来ることはささやかな事です。
復興支援、自分がいうのはおこがましいです。
出来るのは、復興途上の地に足を運ぶ事、東北のモノを買う事、そして自分の暮らしを見直す事。
なんちゅうか、とにかく改めて襟を正して『不便くらいがちょうどいい暮らし』にしていきたいな、と思います。
今日はそういうことを考えるグリコール・グリコ、そんな3.11です。
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