猫の額の庭にも数本実の成る木があるのですが、実は剪定が苦手。春になっていき良いよく枝葉が伸びてくるとそれでもいいじゃん♪と思うのですが、実をつけるには剪定作業が必要。剪定の動画を見ていて「要・不要」の判断は人生の中の選択に似ているなぁと思いました。
自分の人生の剪定時期だって感じる
剪定の動画では実・花を楽しみたいなら脇の枝葉は大胆にカットしましょう、といっていました。
脇枝が多いとそっちに栄養が取られるので、つけたい花・実に栄養がいかなくなるのだそうです。
なんか人生の有りように似ていませんか?
あれもこれもと抱えていたらやたら枝ばかりが張るばかり。
ただ、自分を木に例えると
それなりに育ってきたけれどちょっとボサボサなところもある未剪定な木
だな、って思えました。
今まで多くのモノ・人・事柄とお別れしてきましたがまだまだ自分には余計な枝葉が残っているとも感じます。
シニアだからこそ、これからの暮らしを考えたい&見直したい
「自分の核」になるものが『自分の幹』。
そこから沢山の枝が伸びてきて葉っぱもついていますが今まで以上にわたしも『木を見習って』不要な自分の枝葉を剪定したいと思います。
もちろん、還暦リセットを意識して今までも片付けを行ってきました。
ここからは今の自分に本当に大切なのは何か、これからも大切なモノはなんであるかじっくり考える必要がありそうです。
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自分の人生で大切なのは何?
自分の人生で大切なのは何でしょう?
皆さんはなんと答えるでしょうか?(聞いてみたい)
以前家族に”災害時持ち出しに大切なモノは?”とリサーチしたら
という答えでした。
ま、災害時って限定したこともあり正確な答えでは無いかもしれないです。
でも日常大切〜って考えていた
そうなると『自分の幹』の部分は
になるのかな〜って思います。
命の無常感と向き合う
東日本大震災で”当たり前の毎日が当たり前でないこと”に気づき、命の絶対的無常感を感じました。
人間は、生命は必ず終わりを迎える。
そしてそれは予告もなくやってきて変えようとしても変えられないこと。
けれど最近は明日を憂いるばかりではなく
明日はこないかもしれない、けれど今日この日は大切にしよう
という心境にかわりました。
両親や義理両親を見送り、いよいよ次は自分の番となってくると『命』の刻限も気になるお年頃へ。
還暦になった時は『生まれ直し』の時期にきたな、と思いました。
そして昨年は老齢年金の書類も届いてきたり。
夫も定年退職して次の仕事へ。
人生のゴールがうっすら見えてくる時間になってきました。
自分の幹を労わる・大切にする
介護も終わり、殊更『自分の幹である自らのからだやこころ』をもっと労ろう、大切にしようと思うようになりました。
自分が感じるこころを大切に、 時にマイナスに伸びる枝を剪定
人生は±うまい具合吊りあっていると思っているので、マイナスに伸びる枝を全部刈り取ったらバランスが崩れそう。
全てをプラスにするのは無理があると認識しています。
わたしは神様じゃぁ〜ない。
なのであえてマイナスを温存しながらちょっと剪定して捩れを修正。
ちょっとクセのある”思考の捩れ”が時に出現するので一呼吸おいて修正していきたいな、と希求しています。
人生のパートナー(夫)とはLEE様から教えてもらった
「バディ」として選んだその人と夫婦というチームを成熟させ、安全保障を堅固する
内田樹ブログ 50代男性のための雑誌に書いた結婚論より引用抜粋
という目標のもと、機嫌の良い夫婦を目指しています。
沢村貞子さんは到底真似できないけれど、お互い頼る身内もほぼいないので解れそうで解れない関係性へ移行中。
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葉を篩い落とす モノは好きだけど大切なのはそこじゃないこともわかる
服もバッグも靴も本もお茶道具も大好きです。
そこさえブレなければモノを異常に崇拝することもなく、要らないと思えた時にスッと手放せるんだな、、と今までの経験で分かりました。
これが人生の中での”ふるい落とす葉っぱ”の大部分でした。
丁度今時代のパラダイムシフトが起こっていてモノ重視からより『エア』なもの(形はないけれど存在するなにか)への移行もその後押しとなっている気がします。
お金の憂いは限りないので十分あると思うことにしている
お金のことを心配し出すとキリがないです。
心配になるのは『今の暮らしをこのまま維持しようと思うから』ではないかなと思います。
実際再雇用で夫が働き出しましたが、事実上給与は今までの半分くらいになる見込みです。
夫が家計シミュレーションをプレゼンしてくれ、数ヶ月は試行期間に入ります。
ゆるいダウンサイズをしながら小さな暮らしを意識・実践していこうと思っています。
下流老人で結構です。
くらいの開き直りで『人との比較ではない暮らし』をしていきたいです。
いよいよ立ち行かなくなったらその時考えまーす。
そのくらい未来を思い煩わなくなりました。
我慢の節約は基本嫌いですが、エネルギーの可視化など工夫は好きなので枝葉を落としながら喜びを見つけて暮らしていきたいです。
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シニアは侘びて寂でもいい
今のシニアの為の雑誌は『人生はこれから』とか『イキイキ』とか『楽しまなきゃ』とか脅迫めいた言葉が溢れています。
ドリームハラスメントじゃないけれど、それを押し付けられたらなんか息苦しいです。
もちろん年寄りは黙って静かにしていろ!って言われるのも辛いけど過度な”エンジョイシニアライフ”をぐいぐい推されるのも辛いものがあります。
枝葉を落としてその中に『揺るぎない自分の核』があればシニアは侘びて寂ても十分趣のある佇まいが出来るのでは?と最近思うようになりました。(利休かぶれ)
本日は過去記事をリライトして人生の剪定についてもう一回考えてみました。
大切なことを胸に秘めた成熟した大人女史へ変身していけたらな、と思っています。
今日は我が家の実のなる木に花がつき始め次の季節の準備に入るその姿から自らの人生の剪定までこころを飛ばしてみたグリコです。
始動を始めた新たな小さな暮らし。
大切なものを見失うことなく小さくても充実した暮らしにしていきたいと思います。
本日もお忙しい中最後までお読みくださりありがとうございました。
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