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二泊三日のシニア旅2【白川郷・五箇山】山深く息づく集落の秘密

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白川郷・五箇山めぐり

日本の原風景ともいえる山村、白川郷と五箇山。世界遺産に登録されたこの美しい山村を一度この目で見たかったのです。今回は、行って改めて分かった『へぇ〜』な秘密に迫りたいと思います。

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目次

白川郷と五箇山は合掌造りが集落として残る貴重な場所

飛騨高山の二日目はレンタカーを借りて白川郷と五箇山へ。

まずは白川郷。

世界遺産でもあり、国指定史跡でもあり、重要伝統的建築物群保存地区でもあるところです。

グリコ

本当にあった

と言うのが初手の感想です。

一つの集落として残ったことにもびっくり。

白川郷

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集落が残った環境的要因は?

白川郷と五箇山は、日本アルプスに囲まれた険しい地形に位置しています。

この地の気候は厳しい冬が続き、豪雪地帯として知られています。

このため、外界から隔絶された環境で独自の生活様式が発展しました。

しかしこの孤立した環境が逆に伝統的文化を守る要因ともなりました。

地理的要因が強いんですね。

厳しい自然と共存する知恵 合掌造り

白川郷

有名な合掌造り。

その名の通り、両手を合わせたような急勾配の大きな屋根が名前の由来です。

急勾配の屋根は、積雪による家屋への負担を軽減するだけでなく、雪解け水を効率的に排水する役割も果たします。

また、屋根の材料として使われている茅葺きも、断熱性・保温性に優れており、厳しい冬でも家の中を暖かく保つ効果があります。

この建築様式は、雪深い地域の厳しい自然と共存するために生み出された、先人たちの知恵の結晶。。。

屋根の葺き替えは今でも村人が協力して行っています。

とはいえ、今も実際にここに暮らし、世界遺産となったこの集落を維持していくのは並大抵なことではないと思います。

重要伝統的建築物群保存地区に指定されると補助金は出るものの、釘一本打つにも国の許可が必要になるのでおいそれと改築できないと聞きました。

また風致地区となると、新築する場合その地区の雰囲気に見合った建物を建てなければならず、結構厄介なのです。

現在合掌造りで残っている家はお土産物屋さんや宿泊施設になったりしていますが、、生活の場に観光客が足を踏み入れ、我が物顔で歩く姿は結構なストレスとお察しいたします。。。

白川郷

白川郷は村営の駐車場があり車はそこに停めます。(後払い500円)

我々が行った時も観光バスが何台も停まり、訪日観光客がゾロゾロ降りてきました。

また伝建地区&世界遺産なのでもちろん電線は地中です。

街灯はあえてレトロなモノになっておりました。

五箇山はコンパクトで静か

ツアーバスが五箇山に移動する前にそそくさと五箇山へ。

白川郷は岐阜県、五箇山は富山県。

(そんなことも知らずにざっくり山間の集落という押さえだけで行くわたし。)

正式名称は『菅沼合掌造り集落』となります。

村はこれまた谷底にありました。

五箇山

ここはコンパクトにまとまっていました。

村営駐車場(500円)に車を停めます。

驚いたのが谷底に降りるためのエレベーターが設置されていたこと。

”村にエレベーターをつくるだと?なに寝言言ってるだ、村長さんよ!”

”そこまで観光客を呼びたくねぇ”

”いくらかかると思ってるだ”

なんて村長VS村人の攻防があったに違いない、、とひとり妄想が炸裂してしまいました。(笑)

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村の秘密が分かった!塩硝の館での学び

この地域がなぜ今まで生き残ることができたのか??

「塩硝の館」(大人210円)でその秘密がわかりました。

五箇山は加賀藩御用達の塩硝生産地だったのです。

塩硝とは、火薬の原料となる硝石の元です。

戦国時代から江戸時代にかけて、日本では火薬の需要が高ました。

当時、火縄銃に使われていた黒色火薬は、硝石(しょうせき)と硫黄(いおう)、木炭を混ぜて作られていました。(※塩硝の館の受け売り説明)

しかーし火薬づくりで必要な硝石は、日本ではほとんど産出なし。

輸入に頼っていたのです。

更に鎖国となり硝石が入手困難。

そこで山深い村で秘密裏に?塩硝を作ることになったそうです。(ここらへんは諸説あるようです)

グリコ

そうだったのか!

塩硝の作り方が地道すぎる

合掌造りの建物は2Fが養蚕、1Fが住居、床下に2メートルほど穴を掘り硝石づくり。

塩硝を作るには麻畑の乾いた土・サク、よもぎ、麻などの干し草と蚕糞を交互に積み重ね、春と秋に切り返す。(ついでに尿も足しちゃう)

それを囲炉裏の熱を利用しながら4~5年間発酵熟成した塩硝土にする。

更に桶に塩硝土を入れて水を注ぎ、硝酸カリウムを抽出して煮詰めて漉して、、と、途方もない時間と労力を使いながら硝石を作ったそうです。(※再び塩硝の館の受け売り説明)

グリコ

このような秘密の特産物を作っていたからこそ山間部の集落も生き残れたのですね〜

(白川郷も五箇山の作り方が伝わり、塩硝をつくり高山藩に売っていたそうです)

五箇山

現在は稲作をしていますが、むかしはお蚕さんの桑とか植えていたんだと思います。

やはりその土地の強みを活かす特産物があるって大事。

今だったら『ふるさと納税』の返礼品になりそう。

まぁ火薬の元は販売できませんが。。。

五箇山の「塩硝の館」を真面目に見学することで、合掌造りの集落存続の疑問も解決しました。

五箇山ではお店になった民家の軒先に「ささら」がありました。

そう、シニア世代だと中学の音楽の時間に学んだあの「こきりこ節」に使う楽器です。

わたし、今だにフルコーラス歌えます!

あの歌はここの民謡だったのか!(今頃繋がる学習。。。)

旅のカジュアルすぎる装い

この日も御多分に洩れずラフな旅姿。

Tシャツはノースフェイス、ボトムスはランバートのトレッキングパンツ。

この後は神岡町に行き、あのカミオカンデのカミオカラボで「ニュートリノ」について浅く学びました♪

新平湯温泉の宿では昼間の暑さも遠のき、涼しさを味わいました。

囲炉裏付きのお部屋でゆったり過ごせたグリコです。

今日も最後までお読みくださり、ありがとうございました〜V

あと一回飛騨高山の旅行記続きます!

さ、参加してたりします。。

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コメント

コメント一覧 (2件)

  • 以前岐阜に住んでいたことがありましたので懐かしく読ませていただきました。
    飛騨高山も新平湯温泉も何度か行きましたが思い出せるのは雪で埋もれた冬の景色のみ。
    なぜだろう、夏も行ったのに・・・。

    グリコさん、とっても活動的でスタイリッシュ!
    素敵なフットワーク軽やかマダム☆

    もうお洒落なバッグや靴よりも、軽いバックパックやスニーカー。
    私はなんなら外出着も家着もボーダー薄れてきています。

    これからの財産はお金より、楽しい思い出に尽きますね☆
    古臭いけど言っちゃおうかな・・・、
    ご主人とラブラブ〜!!

    • こんにちは、お返事遅くなってごめんなさい、ブラン様。
      岐阜にお住まいの経験があったのですね!
      冬の景色は白と黒のコントラストが強烈なのでやっぱり印象深いのだと思います。
      白川郷・五箇山はやはり雪景色が有名なのでもう一回訪れてみたい場所です。
      お褒めいただきありがとうございます。
      猛暑すぎてわたしも自分の格好がラフ過ぎて草です。(滝汗)
      訪日外国人もみなさんラフな格好なのでこれからも気負わない格好で出かけると思います。
      えへへ。
      >これからの財産はお金より、楽しい思い出に尽きますね☆
      そうですね、元々貯める楽しさより使う楽しさが優先するわたし(汗)。
      歳を取っても知らないことが多すぎるのでこれからも『そうだったのか!』がわかる体験や経験をして
      行きたいな〜と思っています。
      割れ鍋に閉じ蓋夫婦、ラブラブラブラでふらふら徘徊すると思われます、あはははは。
      いつもありがとうございます♡感謝♡

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