衣類の見直しをしたりしておなじみのNPOショップに寄附に行くと言ったら娘ももう使わないコートやブルゾンを数点出してきました。夫はよれよれになった部屋着を買い替えて不要分を出していました。入れたら出す、出したら入れる、最近家族も自分の適量を知ってモノが滞らないように意識しているようです。良きかな。
自分の適量は人と比べないのが良いと思う
モノの適量って人それぞれ。
人がAというからと言って自分にAが適かというとそうでもないんじゃないかと個人的には思います。
ライフスタイルの違いもあるし、年齢的なものもあるし、シーンの違いもあるし。
じゃぁ自分の適量ってなんでしょう?
自分の適量仮説 両手を広げた幅≒自分の身長、として考えるとまさに身の丈
自分の持ち物の適量はどのくらいか。
仮説立てなんですが、『自分が手に負える空間量(masse)の中に自分の持ち物が収まるか否か』ではないかな?と思っています。
で、何となくイメージ的にフィットするのがダヴィンチの描いたウィトルウィウス的人体図が参考になるな〜と思っています。
自分の身長大の3Dの立方体を作ってそこに一回食器とかすべて自分のものだけ集めて収めるという実験をしてみたいです。
今わたしのウォークインクローゼットはちょうど両手を広げた分使用していて服の量としてはちょうど良いんですね。
身長分の長さからはみ出せばちょっと多くなってきているし、はみ出さなければOK。
数の縛りを設けるのも時には効果的ですがエキセントリックになりすぎるとお年頃世代は窮屈になるのでそのくらいのズボラさで自分の適量を解っておくのも良いかもしれません。
ただし科学的な裏付けはありません。(笑)
しかしながら『身の丈』ってこういうことかぁ、、と何故か納得してしまうのです。
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入れたら出す、あるいは出したら入れるの循環サイクルさえ守っていればそうモノは増えないかなと思う
家族も、最近使わなくなったな、あるいはすごく使いすぎてボロになったなと思えば出して入れる、または入れて出すという『循環のサイクル』が定着してきました。
例えば今回ある程度寄付するものがまとまったのでいつものNPOに持って行くよ〜と声をかけると娘チョコはコートやブルゾン、ストールを出してきました。
夫シンジさんは部屋着を買い替えると言って買ってきたあと古着をウエス入れに入れていました。
わたしはというとこの間マダムっぽいバッグを買ったので付き添い通院用バッグを出すことにしました。
現在義理母つうさんは自力歩行が難しくなり、更に判断力も低下、、と状況が変わったため一緒の移動の時はなんでも放り込めるエコバッグ一択。(泣)
本当に状況が日々一刻変化して行くのでこのようなバッグも使用頻度が低くなれば残しておくより使ってくれる人にギフトした方がいいので潔くNPOショップへ寄付しました。
とまぁ、おおげさだけど家族一丸?となってそれぞれの適量を守るよう実践しています。
ほどほど暮らしですね。
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暮らしのダイエットはいつも考えている
暮らしのダイエット、数を少なくしたり大きさを小さくするなど今もちょこちょこアプローチしています。
今は義理母のことがあるので大きな変化は生まれませんが、それでも小さく削ぎ落として行くことは続けていこうと思っています。
今日はもしかしたら適量ってこういう仮設立て出来るかも?という話から家族で循環を意識してますよ〜ってお話をアップしてみました。
本日も最後までお読み頂きありがとうございました。
ほどほどながらも自分の適量を意識して暮らすグリコール・グリコでした。
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