人が亡くなると家の中の片付けや役所関係巡りの書類仕事が主になりますが、忘れちゃいけないのがお世話になった所への挨拶回りです。これも書きかけで手が止まっていましたが忘れてしまいそうなので振り返りながらアップします。
長くお世話になったホームドクターやディサービスへご挨拶
まずこちらに引っ越してから義理母のからだのことをメインで引き受けてくれたホームドクターの所へ挨拶に伺いました。
ホームドクターのクリニックへ 挨拶
”今月はまだ来院しないのでどうしたかな、と思っていたよ”とドクター。一通り、ことの顛末を話すと
”急だったね、、そうでしたか、、”とぽつり。
居合わせた看護婦さんも視線をそっと下に落としました。
家で義理母の息が止まっていたらこのホームドクターに来てもらう予定でした。
規模はどの町にもある中程度のクリニックです。
スタッフは10人ほどでしょうか。
挨拶を終えて”皆さんで”という感じで個包装になっているクッキーの詰め合わせをお渡ししてクリニックを後にしました。
ディサービスへ 挨拶
ディサービスはリハビリ特化型ディサービスです。
脳梗塞後の訪問リハも系列会社に大変お世話になりました。
ディと訪問リハの人が連携して脳梗塞後出渋る義理母に会いに来てくれ、
歩くの怖かったらボクがおんぶして連れてっても良いよ、他のメンバーも心配してたよ、みんなに元気になった姿をみせましょうよ。
来て、途中で具合が悪くなったら 途中でも送っていくよ。
リハビリってね、運動するだけがリハビリじゃないんだよね、みんなと会ってお話しするだけでもリハビリになるんだよ。
これだけ動けるようになったのだから家に居たらもったいないよ〜
とまで言ってくれた神対応は今でも鮮明に覚えています。
転居してから数度ディサービスを変えましたが、本人が一番気に入っていたのがここのディサービスです。
義理母つうさんはディサービス利用者の中で最古参、連絡帳も11冊目に入ったところでした。
挨拶に伺うとスタッフさんが”突然だったのでショックでした、、いつも率先して運動をなさっていて他の利用者さんのお手本のような方でした”と目を潤ませながらお話をしてくださいました。
義理母の死を悼んでくれる人がここにも居る、と思うと胸に込み上げるものがありました。
ここもそれぞれが時間のつく時につまめるように、有り体ですが個包装のクッキーの詰め合わせにしました。(芸がない、、汗)
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色々な人が関わってくれたことを確認するような挨拶回り
ショートはコロナ禍で利用が少なかったこともあり、電話のみで止めました。
ケアマネさんからはお礼を言う前に先にお花を頂いてしまったので、納骨が終わった後、夫婦で消え物のお茶を持って挨拶に伺いました。
(ケアマネさんとは街でばったりお会いすることがあるのですが、親しい友とあったようにお互い手を振って未だにそよそよと近づいては近況を語り合ったりします。)
ヘルパーさんはお通夜にも来てくださったので、香典半返しを送りました。
あとじいじの時から月一で10年ヘアカットに通っていた床屋さんのところにもいつの義理母が年末にチョコの詰め合わせを持っていったのでそれを渡しがてらご挨拶に行きました。
義理母が一人で行っていた時は雨が降ると我が家まで送ってくれる親切な床屋さんです。
(後から僕のケジメです、とわざわざ家まで挨拶に来てくれてお供えにとらやの羊羹とオサレなクッキーを持ってきてくださいました。ありがたし。)
色々回る場所を考えたり義理母つうさんに関わってくれた人たちの顔を思い出すと、本当に色々な人が親切に関わってくれたなぁ、良くしてくれたなぁ、、とじんわり来ます。
わたしはわたしで、こうやって関わりのあった人たちの所へお礼に伺い、一つひとつ終わらせていくことが自分のグリーフワークにもなるのかもしれない、、と思いました。
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義理母つうさんが人の中に居ることが出来きたのが幸い
リハ友さんも出来たし、転居してからも「地域の人の輪」の中に居たことは本人にとっても良かったことだったな、と思います。
私と違って『おしゃべりで気分転換』が好きな人だったので。
実は義理母が亡くなってから4ヶ月過ぎましたが4回も夢に出てきています。
実両親が亡くなってもどちらも2回ずつ位しか夢に出てきたことがないのに、義理母登場多すぎ。(笑)
身体接触が多かった長い介護期間、もしかしたらわたしは庇護欲が強くなっていたのかもしれません。
また、支えていたようで逆に支えられていたのかもしれない、と最近思うようになりました。
今逆につっかえ棒が無くなって私の方がフワフワしています。
今日はまた途中で手が止まったままだった記事をもう一回手を入れてアップすることにしました。
よく夢に出てくるのも”グリちゃん、「おやかた」記事書きなさいな”、と言っているのかな?と勝手に都合のいい解釈をしています。(汗)
本日も振り返りの話になりますが義理母つうさんの話を最後までお読みくださり、ありがとうございました。
昨日も義理母の話でした。↓
コメント
コメント一覧 (4件)
命のバトンタッチが続いているんだなって感じます。
真心を持った人たちがそれぞれに引き寄せ合う繋がりでしょうか。
お義母様が残したものが水彩画の淡い色味のようになって周りに広がって・・・。
おのお義母様も誰から引き継いだものがあって・・・と、どんどん繋がって行くのですね。
良い人には良いご縁が繋がるのだと実感しました。
こんばんわ、ブラン様。
>お義母様が残したものが水彩画の淡い色味のようになって周りに広がって・・・。
ブラン様、詩人。。。
ありがとうございます。
第二弾の8ミリDVD化が届いたんですが、義理母が継母になってほやほやの頃の旅行の8ミリでした。
小さな夫の手を始終繋いで歩いている義理母の姿に感無量でした。
わたしがもし45歳で初婚(なのにいきなり2人の子供の母)になったら大いに戸惑ったろうな、、と感じました。
義理母のその姿、戸惑いもあったと思いますがお互いにその手を離さない様子になんかじーんときちゃいました。
地味だけど善い人だったと思います。合掌。
グリコさん
おはようございます。八ミリのお話、ジンときます。シンジさん最後まで手を離されなかったのですね。不器用で口で感謝を饒舌に語られることはなかったけれど、その魂は伝わっていたと思います。何だか平原綾香の歌の続編と言うか最終章を見せて頂いた気がします。現実はドラマチックではなく淡々としたものではあるけれど、だからこそ心に響きます。
同じように実母が後添えであった家で育った者として、そして家庭が空中分解した状態を知る私には、じいじ様のおつう様へのいたわりや、感謝が伝わってきます。
じいじ様もおつう様もシンジさんも、支えてこられたグリコさん、チョコちゃんも素晴らしいと思います。
お久しぶりです、もず様。元気でしたか?
リコメの8ミリの話も読んでくださったんですね。ありがとうございます。
お互いに手を離さない、二人の心細さが画面から伝わって来て、わたしもしんみり見入ってしまいました。。。
今ね、最初の妻とのワンショットと再婚したての頃のワンショットの写真を飾ってあるんです。
じいじはじいじなりに一生懸命だったんだよな〜って思います。
そして生母も継母もそれなりに兄弟に愛情を注いでいたんだね、、ぐすん、、と見るたびに思います。
シンジよ、おまえ愛されてたんだぞー!って言いたいです。(笑)
わたしも機能不全家族の中で育って来たのでシンジさんの甘ちゃんぶりにプププでございます。
ま、なんにしても終わったコトですね。
とっちらかった色々を整理して早くシンプルに暮らしを再構築しなければ、、と思ってまーす。
いつも励ましのお言葉感謝してますV