9月に入り、ボランティアの仕事が再び忙しくなってきました。歳を重ねるにつれて、友人とのつき合い方は少しずつ心地よい形へと変化していきます。先日、地域で見守りの活動をしている中で出会った先輩マダムから、とても含蓄の深いお話を伺いました。
60後半から増えていく、寂しい知らせ
年齢とともに、どうしても避けて通れないのが友人たちの訃報です。
お話を伺った先輩マダムも、以前は連絡が入るたびに丁寧なお悔やみを送り合っていたそうです。
しかし。
70代を過ぎた頃から、そのやり取り自体がお互いの負担になっていると感じるようになったといいます。
理由はとての現実的です。
・記憶の中は旧姓とニックネームなので、嫁ぎ先の苗字を聞くと一瞬戸惑ってしまう
・突然の電話連絡だと、相手の住所をすぐに探せない
・遠方へ嫁いだ友人も多く、参列するための移動自体が体力的に厳しくなる
それ、すごくわかります。
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「お互いさま」の一言で決めたルール
そこで、思い切っていつも連絡を取り合う友人同士でルール決めをしたそうです。
それは、
送る側も、先に旅立つ側も「お互い様」。
だからこそ、形式的な気遣いに縛られたりするのはやめようと話し合ったそうです。
”訃報を聞いたら、自宅で手を合わせるよ〜”
そして、合言葉をひとつ決めたそうです。
一見するとあっさりしているように感じるかもしれません。
けれど、ここには長年絆を深めてきたからこその、深い信頼と軽やかな温もりが詰まっていると、感じました。
グリコなんかカッコイイ
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付き合い方の変化を受容するおおらかさ
若い頃の友人関係は、こまめに連絡を取り合ったり、手厚くケアし合ったりすることが親しさの証のように思えることもありました。
ですが、シニア期に入ってからの本当の心地よさは、もっと自由で、互いを負担にさせない優しさの中にあるのかもしれません。
お互いの状況や思いを十分に分かち合っているからこそ、過度な義理や形式を手放す。
言葉を尽くさなくても「また向こうで会えるのだから」と笑顔で締めくくれる関係は、成熟した大人ならではのとても素敵な答え合わせだと感じます。
今回お話を伺った先輩マダムは84歳。
昔の仲間との付き合いを無理なく「淡く」しながら、いま置かれている環境の中での人間関係を大切に、細く長く続けていらっしゃる姿は、肩の力が抜けていて本当に素敵だなと感じました。
わたしも、今いる場所や関わりの中で心地よい会話ができる人がいれば、それで十分満たされていると感じます。
友達の多さや付き合いの長さに縛られる必要はないのかもしれませんね。
先輩マダムの話を聞いて、歳を重ねたからこそできる「自分にとって心地よい距離感」を、これからも大切にしていきたいと感じたグリコでした。
8月はお盆休みがあったので、ブログに集中できましたが、またボランティア関係で忙しくなってきました。
これも環境の変化と考え、自分にとって無理のないスケジュール調整をしようと考えています。
本日も最後までお読みくださり、ありがとうございました。
今日も雨、お出かけの際はお気をつけて♡



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