先だって、歳の離れた従兄弟の葬儀に参列し、ああ、今は完全に家族葬が標準装備となったなぁ、、と感慨深く思ったわたしです。
自分が経験した葬儀の形の変化
過去を遡って思い出してみると、この20年ちょっとで自分が経験した『葬儀』のかたちもだいぶ変化しました。
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実両親の葬儀はなんだかんだで一般葬
葬儀の事を思い返してみると、実両親の葬儀は一般葬でした。
葬儀のことを公にし、来る人を拒まず的な。。
もちろん親戚も存命者が多く、通夜振る舞いもそれなりの席を設けてお食事を提供しました。
参列者も仕事関係もそこそこ混じっていたし、今考えれば、タイトなものを目指しつつも、それなりの人数になったと思います。
義理父の葬儀もほぼ一般葬、ただ職場の通知はやめた
さらに時間は流れ、義理父の時は、親族もギリギリ残っていて実両親の時とほぼ同じ規模となりました。
違っていたのが、「会社関係・友人」です。
義理父はエンディングノートを残していたものの、連絡して欲しい友人のリストはなんとソフトが古くて開けず!
「仕事関係者の受付も用意するように」、とエンディングノートに書かれていたものの、こちらも仕事を離脱してから時間が経っていたため、代表者が参加しただけでした。
さらに夫が職場の通知をやめました。
丁度、職場内の葬儀連絡が簡素になってきた頃で、その流れに則った形です。
ココで「職場がらみで義理で葬儀に出向くという形」の終焉を迎えます。
義理母の葬儀の時はなんとコロナ禍!

義理母の時はなんとコロナ禍で、接触する場面をなるべく削る、、という葬儀となり、実質家族葬となりました。
夫の従兄弟たちは参列しなかったし、参列者は我が家ファミリー・義理兄夫婦ファミリー・わたしの従姉妹夫婦とこども・義理母の姪たち、となりました。
一番変化したのが「食事場面」で、すべてお弁当となりました。
特殊な環境の葬儀となりました。
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従兄弟葬儀は完全に家族葬だった
今回の従兄弟の葬儀は、完全に家族葬となっていました。
親戚といっても参列したのは従兄弟の姉妹(とその子供)とわたしだけ。
遠縁は知らせも無しです。
親が亡くなって従兄弟つながりになると、がぜん関係が薄くなりますね。
あとの参列者は当事者である亡くなった従兄弟の子供たちファミリーのみ。
お焼香の回数も各自の宗派に則ってお好きに、、という感じでしたし、お焼香が終わってから、参列者に向けたお辞儀も割愛。
ただコロナ禍は明け、通夜振る舞いは通常の形に戻っていました。(告別式不参加だったため、詳細はわからず)
祭壇はお花がたっぷりで従兄弟が喜びそうな素敵な祭壇になっていました。
「家族葬」から一族の命のつながりを感じる
「家族葬」は一昔前の派手な葬儀と比べればかなりタイトです。
参列者が少ない、それでも『本当に死を悼む』人だけが集まるのですから、気持ちはビシビシ伝わります。
立派に成長した従兄弟の子供達の面影に従兄弟を、さらにその前の叔母の面影を見つけては、
グリコ命が繋がるってこういうことか
と深い感慨に浸ってしまいました。
人口減少や少子化、葬儀のスタイルは時代によって変わる
自宅での葬儀がなくなり、葬儀場での派手な葬儀は今ではほとんど見かけなくなりました。
今では芸能人でさえ、「家族のみで葬儀」「葬儀後告知」が多くなりました。
たまに「送る会・偲ぶ会」が後日召集されることもありますが、それも多くはないと思います。
葬儀も服の流行ではないものの、やはり時代に即して変化するものなのですね。
多死社会ですから、そのうち、直葬が主になっていくのかもしれないです。
本日は葬儀の話、従兄弟の家族葬を振り返って書いてみました。
自分の番となった時はどんな形でも構いませんが、喪主が気持ちの区切りをつける上でベストな形を選べたらいいな、と思うグリコでした。
今日も暑い中、最後までお読みくださりありがとございました。



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