三輪さんが、そしてお兄ちゃんと慕った従兄弟の訃報が届きました。八十代前半でした。今日はそんな訃報から自分が感じたことをエッセー調で書いてみます。
みんな居なくなっていく
年の離れた従兄弟の訃報が届いた。
5月にお見舞いに行き、程なく『胃ろう』となり、病院を退院してから自宅に戻ることなくケアホームに入所。
それからあまり時間を置かずに、「お兄ちゃん」は旅立っていった。
幼い頃、お盆や正月に親戚が集まると、そこには見上げるような大人の壁があった。
伯父や叔母たちが大声で笑い、その少し下に年の離れたいとこたちがいた。
私はといえば、いちばん端っこで、ただその賑やかさを眺めているだけの小さな存在だった。
それがどうだろう。
気がつけば、その「大人の壁」を形作っていた人たちが、一人、また一人と姿を消している。
まるで自分の周りを囲っていたネジのパーツがポロポロと外れていく感覚。
あるいは地層の掘り起こし。
親戚の年齢の地層が、上から一枚、また一枚と丁寧に剥がされ、ついに自分のすぐ近くの層までめくられてきたような、そんな感覚。
「ああ、いよいよ次は私たちの番なのだな」
そう思わずにはいられない。
自分がこの世から消えてしまうことへの、何とも言えない薄寒い恐怖。
40代、50代では味わえなかった『死を自分ごとで考える』時間がわたしにもやってきたのである。
もちろんこれは決して私だけのものではなく、あの世に旅立った先人たちもみな、胸の内でその恐怖をそっと抱えながら、それでも日々の暮らしを営んできたのだと思う。
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心のざわつきをポッドキャストで収める
そんな心のざわつきを鎮めたくて、最近は家事をしながらポッドキャストで「仏教」の番組をよく聴いている。
湿度の高いアジアの民ゆえか、やはりキリスト教より仏教の方が今の私の肌に合う気がする。
このセレクション自体、随分と歳をとった証拠のようで可笑しいのだが、、
聴き流すには丁度よく、気に入った話を何度も繰り返し聴いている。
聴いたそばから、内容を忘れてしまうのだけれど、お年を召した地方訛りのある僧侶の語りは、すんなりと心に染み込んでくる。
自宅のキッチンにいながら、まるでお寺の冷たい床に座って、ありがたい説法を聴いているような気分になる。
当たり前のことなのだが、私たちは普段、その事実から上手に目を背け、「この日常が永遠に続く」と思い込もうとする。
自分が特別な存在だと思いたいから、終わりが怖くなるのかもしれない。
けれど、何千年も前から数えきれないほどの人間が、同じように怖がり、同じようにこの道を通り過ぎていった。
そしてその恐怖を補完するためにこそ宗教というシステムはあるのだろう、と自分に言い聞かせる。
どちらかというとアンチ宗教派である私は、また普通の日常の思考へと戻っていく。
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凡夫の日々だっていいじゃないか
昨今は「家族葬」も当たり前になり、高齢化社会のあおりか、葬儀が1W先になるのもザラになった。
従兄弟のおにいちゃんも今頃葬儀社の霊安室で静かに保管されているのだろう。
お兄ちゃんに会うのは来週になる。
その時までわたしはといえば、
「太ったから喪服がきつ〜い(汗)」と冷や汗をかいたり、
お香典はいくら包むべきかと悩んだり、
献花の手配に追われたりしている。
兄ちゃんの死を悼みつつも、頭の大半はそんな俗世のアレコレに占領されているのだ。
我ながら呆れてしまうけれど、この一見するとくだらない、格好のつかないことこそが、いま「生きている」ということなのかもしれない。
こんなくだらない日々でいいのか?とも思うけれど、たぶんこれで良いのだと思う。
時間をきっちりと使い分け、毎日に感動してありがたがらなくとも。
お兄ちゃんを忘れてちゃっかりおやつなんか食べちゃうダメな自分が今日は好きだ。
おおいに無駄ともみえる時間を使う。
だって死んだらそれもできないのだから。。
今日はいとこの訃報を受け、揺れる老婆の気持ちを綴ってみたグリコです。
本日も最後までお読みくださり、ありがとうございました。



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